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「桜井さん、一つ、残念なお知らせがあります」  卒業面談で、矢島が言って、朝香は彼を見た。 「お母さんからの手紙ですが、カードの押し花に使われていたのはスズランでした。スズランが有毒であることは、ご存知ですね?」  朝香はうなずいた。そのことか。 「あなたがストレスに晒されると、異食に走ることも、お母さんはご存知ですよね?」  はい。 「これは未必の故意、というものに当たります。お母さんはお母さんで問題に向き合っていただきます。そして、桜井さんは、あと数ヶ月で成人ですが、今の状態のお母さんの元に戻すことにはSDAとしては許可できませんでした」  朝香は目を見開いた。首を振る。嫌。父と2人暮らしなんてのは。 「当然、未成年者に性的暴行を行うお父さんの元にも戻せません」  矢島が言って、朝香はホッとした。 「ここから先は、コーディネーター及びご親戚と話し合いを行っていただくのですが、桜井さんの地元の児童保護施設は定員で入れないそうです。地域を離れる必要があると思われます。この点については力が及ばず、申し訳ありません」  矢島が頭を下げ、隣で小野寺も頭を下げた。  朝香は首を振った。 「でも、私たちは、桜井さんが、この状況にもう動じることはないと信じています。あなたは強くなった。それでも負けそうなときは来ます。逃げてください。そして、自分を守る行動を取ってください」  朝香は2人をもう一度見た。矢島はほとんど真顔だが、小野寺は微笑んでいる。 「お守りになるかどうかわかりませんが」  矢島が名刺サイズのカードを出した。 「卒業後のホットラインです。助けが必要になったら、連絡をください」 「表が私の連絡先で、裏が矢島ね」  小野寺が言って、朝香はカードを手にとって両面を見た。表にはいろんなイラストが入って、励ましのメッセージも入っているが、裏は電話番号とアカウント名だけだった。 「ありがとうございます」  朝香は両手でそれを抱きしめた。  嬉しかった。まだ不安はあるし、モヤが全部晴れたわけではないが、問題のいくつかはちゃんと見えてきた。 「桜井さん、本当に、私たちはあなたの味方だからね」  小野寺が言った。以前は、母がよく口にするこの言葉に吐き気がしたものだが、今はそうでもなかった。味方、という意味も間違って覚えていたかもしれない。 「コーディネーターとご親戚は別室でお待ちです」  矢島が言って、立ち上がり、執事のようにドアを開いてくれた。  朝香はちゃんと言ってなかったと思って、矢島の前で足を止め「ありがとうございました」と言った。  矢島が笑って手を出したので、朝香は握手に応えようとして触れた瞬間、ふわっと浮かされた。びっくりした。  ストン、と廊下に座っている自分を見つけた朝香は、矢島の手がまだ握られていることと、もう片方が背中に添えられていることに気付いた。  これは最後まで教えてもらえなかった。どういう仕組みなんだろう? 「バカ!」  小野寺が後ろから怒鳴って、矢島が「やべ」とつぶやいたのが聞こえた。 「向こうの部屋だから」  矢島が廊下の斜め向かいの部屋を指差し、さっさと反対側へ逃げていく。その背中を朝香は見送った。  怪我してない?と小野寺が言って、朝香は笑ってうなずいた。
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