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 カフェテリアでコーヒーを買ってやると、浜松はいつものことなのに恐縮する。  そして放っておくと、今回の矯正プログラムについて感想を述べ始めるので、蛍汰はそれをシャットダウンさせるために、お願いしていた件についてはどうなりましたかと聞いた。 「そうですね、何名か文部科学省側の候補者をピックアップしました。矢島二尉が簡単に取り込めそうなタイプは3番ですが、実力でいうと、この番号順です」  浜松はスマートフォンのメモを開いて見せた。 「山岸審議官ですか」 「そうです。最高統括者です。ここ、行きます? 何をするかにもよりますけど」  浜松が伺うように言って、蛍汰は少し考えた。 「3番の福田部長はどうして取り込めそうなんですか?」  蛍汰が聞くと、浜松はニヤッと笑った。 「曹長時代からの、矢島蛍汰ファンだそうです」 「あ、そういう……」 「こういうのは利用すべきだと思いますよ。2番の根津局長は矢島二尉とあんまり合いません。上のご機嫌を伺う政治の天才です」 「心外です」  蛍汰が言うと、浜松は笑い飛ばした。相手にもされない。 「何をするかによって、こちらの調査も変わってくるんですけどね。教えていただけないんですか?」 「いや、ただ単に、これは本格稼働させる気が本当にあるのかどうかと思って、聞いてみたかったんです。心の内を」 「嘘です」  浜松がきっぱり言って、蛍汰は息をついた。 「浜松さんも、上の機嫌を取る練習してみたらどうですか?」 「二尉に言われたくありません!」  ふん、と蛍汰は自分のスマートフォンで、候補の人物たちを軽く調べた。 「矢島二尉、明日休みですよね」  浜松が言って、蛍汰は眉を寄せた。 「僕のことを探らないでくれませんか?」 「それは無理です。明日、理玖くんの保育所の親子イベントですよね。終わったら渋谷に出てくれませんか? 講演会があって、そこに文科省の幹部も何名か参加するんですよ」 「浜松さん、理玖の役も知ってるんですか?」 「矢島二尉、勘違いしてませんか? 今回、劇じゃないですよ。お父さんのお仕事体験です。矢島二尉は保育所の子どもたちと、避難訓練をするんです。怖い人がやってきた場合に備えて。あとはヒーローショーもします。大丈夫ですか?」  蛍汰は浜松をじっと見つめた。 「二尉、感謝してくれていいんですよ」 「ありがと。なんか、助かった」  へへぇ、と笑った浜松は、嬉しそうにコーヒーを飲んだ。 「そういうのって、どこで入手してるんすか、情報」 「SNSです」 「怖ぇ……」  蛍汰は肩をすくめた。 「26歳の若造とは思えない発言ですね」 「講演会、行かせていただきます」 「広川さんとも会うかもですよ。そっちに用事があるとか言ってたので。よろしくお伝えください」 「喋んないすよ、仕事中に会っても」 「そこは目と目で通じ合うものがあるでしょ。テレパシーもじゃんじゃん使ってください。あと、二尉は仕事中ではありません。プライベートです」 「確かに、忘れるとこだった」 「ところで、ヒーローショーの悪役は誰なんです? 調べたけどわからなくて」 「浜松さんでもわかんないこと、あるんですか?」  蛍汰は笑った。その反応に、浜松が首をひねる。 「え? え? え? もしや、広川さんですか? ズルいです。そんなの。僕が立候補したのに」 「浜松さんは仕事でしょ」 「休みます!」 「いや、悪役、2人はいらないっす。仕事、頑張ってください」 「うわー、しまった。そうか。ひっかからないと思った。まさかの」  浜松は髪の毛をグシャグシャとかき乱した。 「さすがだなぁ、広川さん。やっぱ、公安ってすごいんすね」  蛍汰は感心して言った。浜松のストーカー網をくぐり抜けるのは蛍汰でも苦労する。 「矢島二尉、来年は私がやりますからね」 「来年は別のことしますよ」 「うわ、最低」 「俺、上官」  蛍汰が自分を指さして言うと、浜松は唇を尖らせた。 「最低でございますね」  そう言われて、蛍汰は大笑いした。
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