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栗林に指でチョイチョイと呼ばれたとき、蛍汰は何だか嫌な予感がした。その前に、栗林が他のチームリーダーたちとも、それぞれ個別に何やら話していたからだ。
抜き打ちの審査か何かが入ったのかと思っていたが、どうやら室長の部屋から出てきた者たちの顔を見ると、そこまで深刻でもなさそうで、だったら何なんだと思っていた。
他のリーダーは去年から続けて担当しているので、おそらく着任順に呼ばれたらしく、蛍汰は最後だった。
栗林はデスクの前で、手を組んでそこに自分の顎を乗せていた。
「矢島、何も聞かずに『はい、わかりました』って言ってくれないか」
そう言われて、蛍汰は部屋をちらりと見回した。どこかで監視カメラとか回ってないかと。罠なんじゃないかと。
「警務特科じゃないんだから、そんな卑劣なことはしないよ。ちょっと頼みにくいことを頼みたいんだが、イエスと答えてくれる奴がいなくてな、困ってるんだよ」
栗林はため息をついて、組んでいた手を解き、今度は椅子の背中にもたれて、尊大に蛍汰を見た。
「命令ではなく、ですか?」
蛍汰は栗林を見た。
「そうだな……もう候補もいないわけだしな。命令にしちゃうか、いっそ」
そう言われても、蛍汰は困る。一体何の話だかわからない。
「おまえの次の担当予定の生徒を変更する」
蛍汰はじっと栗林を見た。続きがあるのだと思って。
「これ、パワハラになるか?」
栗林が言って、蛍汰は苦笑いした。
「そうですね……際どいところですね。これまでの準備が全部無駄ってことですよね。そして明日から受け入れは変わらずですよね。キツいです」
「でもさ、おまえ、初回もそうだっただろ?」
「えっと……、では、こちらも黙認いただけますか? 準備不足なので事後申請でした、みたいなこと」
「おまえね、またあんなことしたら、プロジェクト外されるぞ」
「決めるの、室長でしょう?」
「おまえ、敵作るの得意だね。そういうとこ、ホント嫌われてるよ、上に。出世しないよ?」
「『はい、わかりました』」
蛍汰は一歩前に出て、栗林のデスクにあった資料に手を伸ばした。
栗林が怠惰にそれを取ってクリアファイルごと渡す。
「矢島、もうちょっと政治を勉強したらどうだ」
「室長、私たちが受け入れ予定だった生徒はどうなるんです?」
「受け入れる。ちゃんとおまえらが作った計画は考慮するから」
「わかりました。今回……外国籍の生徒ですか?」
「そう、日本語はそこそこ。諸事情があって、急遽入れろと。みんな嫌だってさ」
「嫌……ってアリですか」
「私も考えたんだよ。1人ずつ呼びながら、こいつに対応できるか?って」
蛍汰は視線を資料の下の方まで移した。
おっと。
「両親が母国でテロ行為で逮捕されてるんですか」
「な、どうよ。おまえ以外に受け入れられると思うか?」
「本人は強盗で逮捕ですか。だったら、通常の少年院で……」
「刑務官に暴行、生徒同士の争いの扇動、脱走未遂は数知れず。頼むよ、矢島」
「お言葉ですが、室長」
「聞きたくないけど、一応聞く。断ったらパワハラになるからな」
栗林は嫌そうにため息をついた。
「このプロジェクトはテロ予備軍の矯正を目的にしているはずです。ただ粗暴なだけで受け入れていたら、ただの少年刑務所の代行になりませんか?」
「全くだ。でも、さっき『はい、わかりました』って言ったよな?」
「はい」
「じゃぁ、話は終わりだ。退出してよし」
栗林が追い払うように手を振って、蛍汰は礼をした。
「失礼します」
「矢島」
呼び止められ、蛍汰はドアに手をかけていたのを止めてくるりと回転した。
「はい」
「おまえが従順だと怖いから、言いたいことは今言ってくれ。あと、今日中に簡単に計画書上げて出すこと」
栗林は背を正し、蛍汰を見つめた。
「別に他に申し上げることは何もありませんが」
「1つ言っておくが、どうにもなりませんでした、ってのはやめてくれ。何か1つでも改善された結果を出す必要はある。噛まなくなった、とかでもいい」
「噛むんですか?」
「例えば、だ」
「承知しました」
「本当に承知してるか?」
「はい」
また栗林は大きくため息をついた。
「退出してよし」
「失礼します」
蛍汰はやっと室長室を出ることができた。
蛍汰が手にファイルを持っているのを見て、他のリーダーたちが安堵の表情を浮かべたのがわかったが、蛍汰は黙っていた。それより、今日中の計画書と、今回は今田に事前準備を任せたところもあったので、彼のフォローをどうするべきかという悩みの方が大きかった。
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