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 無茶言っておいて、雑な計画だなと言った室長の失言は許すとして、蛍汰はゴネる今田との話し合いにもかなり疲弊して、定時で今田を帰し、代わりに彼が残した事前準備の根回しの断りを残業で代行した。  こんな状態で、明日の朝を迎えるのは良くないと思い、一刻も早く家に戻ろうとして、自転車で公道を走っていたときに、後ろからパトカーにサイレンを鳴らされた。 「はい、そこの自転車止まって」  と言われ、蛍汰は既に止まっていた場所で、そのまま動かずに待った。  ヘルメットもしているし、酔ってない。信号は守ったし、危険運転だってしてない。  若い警察官が小走りでやってきて「ども」と笑った。ヘルメットの風防を上げると、蛍汰が知った顔があった。 「一時停止違反です。自転車をこちらに置いて一緒に来てくれますか?」  顔見知りの警官に言われ、蛍汰は自分の足元を見た。自転車の前輪が停止ラインの前にあった。 「え、嫌がらせ? 警察、暇なんですか」 「矢島さん、お互い、短時間で済ませましょうよ。こちらへ」  そう言われ、蛍汰は渋々自転車を指定された道の端に置いた。そしてパトカーに乗り込む。  蛍汰が乗り込んだ側のドアが閉まると、警官はパトカーの後部で、交通の支障がないように、誘導灯で後続車にサインを出していた。 「SDAの矢島蛍汰? 身分証ある?」  後部座席にいた私服警察官が言い、蛍汰は内心、そっちも出せと思いながらも、自分の身分証を出した。 「矢島、こちら、組対の徳井さん」  前方座席に座っていた津村が後ろに向き直って言った。津村には警察庁への出向時に世話になったことがあった。  徳井は50前後に見えて、蛍汰はまた小僧扱いを受けるのだなと息をついた。  黙って徳井が身分証を返してくれ、蛍汰はそれをリュックに戻した。 「前置き抜きで言うけど、明日、矢島さんが担当するハンス・バウティスタっての、こっちもちょっと用事があってね」  徳井が言って、蛍汰は相手を見た。威圧感は、SDAの重鎮たちに似たものを持っている。が、蛍汰を「さん」付けで呼んだ分だけ、印象は良くなった。 「用事ってのは」 「ハンスには兄がいて、レスターって言うんだけど、そいつの居場所か連絡先を聞き出せないかと思ってる。2人は不法入国で、レスターはがっつり薬物取引に手を染めてるんでね。ハンスも手伝ってたんじゃないかと思ってるんだけど、証拠は出なかった。矢島さんがハンスを担当するって聞いて、もし、チャンスがあったら兄について聞き出してほしいと思ってる」  蛍汰は徳井の話を聞いた後、津村を見た。 「津村さん、SDAが僕以外の誰かを担当にするんじゃないかって思わなかったんですか?」 「うん、なんで? SDA、バカじゃないし。ハンスみたいなの、矢島以外に任せるバカいる?」  津村はお気楽に答えた。 「資料に兄の記載はなかったです」 「推定の兄だからな。おそらく、兄」  徳井が代わって答えた。蛍汰は津村が前を向いてしまったので、徳井の方に体を向けた。 「このプロジェクトはテロ抑制のためのモデル事業です。囮捜査のために設置されたものではないんですけど」 「囮捜査じゃない。それに、ハンスの両親はテロを起こしてる」 「このプロジェクトは、若年層による国内テロの抑制のために……」 「矢島さん、薬物蔓延はテロの土台になると思わないか?」 「テロ組織の資金源にはなります」 「だろ?」 「ハンスが関わったわけではないですよね?」 「関わった可能性もある」 「まず、ハンスの両親がテロを起こしていても、本人が……」 「矢島さん、SDAの上の許可は取ってあるそうだ。だから、こっちも一時停止違反で切符は切らない」 「あそこ、標識ないですしね」 「黙って報告だけ上げてくれたらいい。簡単だろ。賄賂を寄越せと言ってるのか?」 「くれたら、通報します」  ひゃっはっはと助手席にいる津村が笑った。  徳井が津村を睨み、蛍汰は「ちょっと考えさせてください」と頭を抱えた。 「何分?」  徳井が言って、蛍汰は大きくため息をついた。
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