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向精神薬。
今田は確かにがっかりした。というか、驚いた。そんなものでお茶を濁すとは。
「薬は適切に使えば、別に悪いものではありません」
矢島が言って、今田は黙ってうなずいた。ついていくと自分で言い、見届けると宣言したのは自分だから、目を背けずに聞く。
確かに、昼食後のハンスは大人しくなっていた。それでも、ただの暴れん坊程度に落ち着いただけだが。
「ハンス・バウティスタさん。僕は矢島と言います。彼は今田さん。朝も言いましたが、もう一度言いました。よろしくお願いします」
ひと暴れして、壁に押し付けられたハンスに向かって、矢島は彼の腕を背中にねじり上げたまま、比較的ゆっくりはっきり発音するように言った。ハンスはうなって暴れようとするが、疲れたようで途中でやめた。
「座りましょうか」
矢島がハンスの体を反転させ、彼の背中を壁につけて、ゆっくり座らせた。
そして、自分も膝を床についた。
「ここはSDAというところです。簡単に言えばARMYです。ハンスさん、カードゲーム好きですか? サムワールドっていうんですけど」
ハンスは大きな目をギロリと向けて、蛍汰の手元を見た。
「でも今日は薬で体もだるいでしょうし、明日にしましょう。質問に答えてくれたら、明日ゲームができます。質問をしてもいいですか?」
蛍汰が言って、今田はその手にあるカードの束を見た。何のキャラクタかわからないが、派手なものが描かれている。
16歳のハンスは深く刻まれた眉間のシワを、一瞬緩めた。が、すぐに思い直すようにして、ぐっと眉間に力を入れた。
「質問、してもいいですか?」
矢島が繰り返す。
「っぜぇよ」
ハンスが言って、今田は驚いた。答えた。これまで絶対に応答しなかったのに、初めて答えた。
「それはタガログ語で、イエスですか?」
矢島が言って、ハンスが掴みかかる。が、矢島はその手を掴んで制し、それからしばらくハンスが落ち着くのを待ってから手を離した。
離されたハンスはすぐに反撃に出る。矢島が止める。しばらくして手を離す。
それが数回繰り返される。足が出たら足も動きを止められ、噛みつこうとすると頭を押さえつけられる。で、離される。
ハンスはムカつきを募らせていくが、矢島は態度を変えない。
「質問、してもいいですか?」
「うるせぇ!」
面倒になったのか、ハンスは矢島に背中を向け、壁に頭をつけてもたれた。
矢島はしばらく黙っていたが、また何もなかったかのように聞いた。
「質問をしてもいいですか」
「しろよ」
「それは日本語でイエスという意味ですか?」
「舐めてんのか、うらぁ」
またハンスが激昂する。矢島が飛び退くように後ろに下がり、またハンスの腕を掴んだ。
「質問をしてもいいですか?」
「うるせぇ、離せ」
「日本語、よくわかってそうですね。安心しました。だったら私が言ってることもわかりますよね。質問をしてもいいかどうかを聞いてます」
ハンスはうがぁと叫びながら、矢島から逃れようとした。
矢島はやはり、ハンスが暴れる勢いを失ってから、パッと手を離した。
そこをハンスがまた掴みかかり、矢島は取り押さえようとしたが、ポケットに入れていたカードが落ちて、足元に散らばり、それに足を取られてバランスを崩したようだった。
「矢島二尉」
今田が2人の間に体をつっこみ、ハンスに強く殴られた。ゲホゲホと咳き込んで、今田は床に倒れ込んだ。
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