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「もうすぐハロウィンですね。ヴァルは何か好きなお菓子とかありますか? 教練学校では学校公開日にお子様にはお菓子を配るんですが、便乗してこっちでも少しだけ配ろうと思ってます。4月生にも、7月生にもやってないので、10月生はいいですね、クリスマスもあるし」  矢島が言って、ハンスは相手を見た。最近は飯の時間に来て、食堂で一緒に食っている。  矢島はハンスの目の前に座っていて、いつも何やら話しかけてきていた。 「フィリピンだと何が人気なんですかね。マンゴーとかココナッツとかですか。ピーナッツもよく採れるそうです。あ、スペイン系のお菓子もあるんですね」  矢島が懐かしい菓子名をネットで拾って並べ立て、ハンスは無視したつもりだったが、矢島は満足そうにした。  たぶん、こうやって情報を取られている。だから、最近、ハンスの食事には洋風のものが増えた。与えられる教材も、ちょっと面白そうなのが増えた。  そうやってハンスに便宜を図ってくれるかと思うと、毎日のようにハンスの態度には説教をし、ときには引きずってでもグラウンドに出してラジオ体操に付き合わせた。  この前はボクシングをやった。これは殴ってもいいって言うから、思い切りやったら、ハンスが倒されてびっくりした。聞けば、相手はボクシングでアマチュアチャンピオンになった教練学校の生徒だった。  矢島は「負けるの新鮮でしょ」と笑った。  矢島相手には、腕相撲もやった。勝ったらラジオ体操に出なくていいと言うから。でも負けた。負けそうになったから噛みつこうとして、失格だと言われたのだ。そうじゃなかったら勝ってた。  時間になって食堂から生徒たちが片付けて出ていく。  ハンスはいつも全体とは外れて行動させられているので、まだ席についていた。いつ暴れてもいいように、2人の警備係みたいなのが、脇に備えている。ちょっとVIPみたいだと思うこともある。 「今日は、ここで少し話をしましょう」  矢島はそう言って、食べ終わったトレイを横に置いた。 「君は本当に反抗期の子どもそのものです。残り2ヶ月を同じように過ごしても、我々にとっては様々なテストケースの1つでありがたいですが、君はそれをどう思いますか? 3ヶ月、私たちの役に立ってやったぜと満足しますか? ここを出た後、仲間に聞かれませんか? SDAってどうだった? 戦闘機とか乗れたか?って。いや、部屋でじっとしてただけだ、ラジオ体操はだるかった、とか答えて満足ですか?」  ハンスは矢島を睨んだ。 「私たちは、本当に助かってます。今田先生は君が怖くて来ないんじゃないです。どうせやる仕事がないので、他のことを手伝ってもらっているだけでね。ぶっちゃけ、SDAとしては君を受け入れる予定ではありませんでした。君はテロを起こしそうにないからです。ここはテロ予備軍の子どもを受け入れる場所なので」  生徒たちがほとんど出ていき、食器を洗うような片付けの音がキッチン側から聞こえていた。ハンスは広い食堂をちらりと見た。矢島の言っていることにムカついてもいた。  他の奴はテロを起こしそうだが、ハンスにはその能力がないみたいに言うからだ。 「テロには良くも悪くも思想があります。でも犯罪には必ずしも必要ではありません。計画性の高い犯罪というのは意外と少ないんです。みんなカッとなってやってしまう。クセでやってしまう。惰性でやってしまう。そんなのが意外と多いんです。君は……」  矢島はじっとハンスを見た。 「君はカッとなって惰性でやってしまうタイプですね。世界をよくしようとか、貧しい人を助けたいとかは、ない」  ハンスは立ち上がると同時にトレイを持ち上げ、それを矢島の脳天に振り下ろした。矢島が避けたので、当たりはしなかったが、それらはテーブルの上に跳ね返って残飯が飛び散った。  控えていた2人の警備兵がハンスを羽交い締めにする。 「腹を立てるのは、ご両親のことがあるからですか?」  コンソメスープの雫を髪から落としながら、矢島が立ち上がって言った。 「黙れクソが」 「君の罵倒の抑揚がわかってきました。今のはイエスですね」 「殺されてぇのか。俺が外に出たら、おまえをぶっ殺してやる」 「そういう脅迫は、毎日届いてます」 「俺は本気だ」 「そうですね。待ってます。ちゃんと生きて会いにきてくださいね。私は生徒のお葬式には出たくありません。ヴァル、計画を立ててください。私を殺す計画を。私を油断させたいなら、ここを出て、何年か過ぎた後で狙うといいと思いますが、チャンスが多いのは一緒にいる、この2ヶ月だと思います」 「何言ってんだ、てめぇ」 「今田先生を助手にしてもいいですよ」 「頭おかしいのか、クソが」 「言っておきますが、腕力に訴えてもたぶん無理です。だから考えてください。計画を練り、急襲でも騙し討ちでも何でもいいので、僕の殺害計画を立ててください。それが君の課題です」 「ぶっ殺してやる」 「その調子です」  矢島が言って、ハンスは暴れたが、両脇を押さえつけられて動けなかった。  確かに。何か考えないと奴をぶっ殺せない。  ハンスは部屋に戻されてからも、壁を殴りたい衝動にかられながらも、うなるだけに止めておいて、矢島を殺す方法を必死で考えた。
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