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 それから、ハンスは明らかに従順になった。ラジオ体操にも出るし、勉強もした。会話にはあまり応じなかったが、やるべきことはやるようになった。 「矢島二尉、何があったんですか」  サブ教官に復帰した今田も、他の教官たちも驚いていた。 「やっと彼に合った課題が提供できたので」  蛍汰が言うと、教官たちはそれが何かと聞いたが、当然ながらそれは濁した。  ただ、当日立ち会っていた警備にはバレていたので、上にはしっかり報告されて、馬鹿野郎と怒られていた。  栗林はハンスに、無駄だと思いつつも、矢島が言ったことは忘れろ、君の課題は他にあると伝えた。ハンスがどこまで聞いていたのか、立ち会っていない蛍汰にはわからない。その後呼ばれて、ハンスの前で前言撤回はさせられたが、これまた彼に届いたかどうかはわからない。  とにかくSDAとしては建前として解決策を取った、というわけだ。  数日すると、蛍汰がそういったことをしたのがどこからか漏れて『殺せんせー』と教官たちにからかわれた。誰かがハンスに漫画を差し入れしたとも聞いた。  いや、俺は殺せば死ぬからね。  蛍汰は思いながら、そういう戯言をヘラっと笑って受け流した。  焦りもあったが、本当にそう思ってもいた。何でもいい。彼が自分を客観視するチャンスさえあれば。そこで何かに気づくことを願った。自分が何を持ち、何を持っていないのか。それがわかれば、あんな無駄なエネルギーの使い方はしない。  最終的に、栗林は担当を外さなかったし、蛍汰は毎日ハンスのところへ行った。大人しくなって1週間が過ぎて、他の教官からは合同授業も可能ではないかと打診が来ていた。 「君は殺意を隠そうと思ったことはありますか? 気が散っているときと、私を狙っているときで、差が歴然としているので、わかりやすいです。もうちょっと隠さないと急襲もできないですよ」  そういうアドバイスをしていることは、今田以外にはバレてない。 「力の使い方もまだ画一的です。そんな鉛筆が折れるほど強く書いたら、そりゃうまく字も書けません。体のどこをどう動かせば、どういう力を出せるのか、というのが強くなる近道です」  ハンスはチッと舌打ちしたが、蛍汰は黙って彼を見た。 「君はテロをしそうにないですが、午後から合同で講義があります。一緒に受けましょう。テーマは正義についてです。ワークショップもありますが、他の生徒と揉めないでくださいね。次に何かあったら私は外されちゃうので」  蛍汰はそう言って、ハンスがちらりと自分を見るのを見た。  彼は何かと何かを天秤にかけ、それから蛍汰を殺すチャンスを選んだようだった。
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