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 今田も少し不安だった。今回は加害者というよりは被害者の少年で、今田もそれをどう矯正すればいいのか困惑していたからだ。  犯罪を犯す少年少女たちの家庭は、歪であることも多いが、今回も少しばかり歪に思えた。親子喧嘩で父が息子をスパナで殴り、殴る蹴るをして入院させ、そして父は逮捕され、母はそのきっかけを作った息子をなじっているという。  ようやく退院できる日を迎えた少年を、母が受け入れ拒否するという事態になっていた。  だから矯正プログラムに、というわけでもない。  入院中に受けていたカウンセリングや、心理検査、調査書などによって、かなり破壊衝動が強いとされての送致だ。  矢島には前回に続き、受け入れ準備とカリキュラム計画を作るように言われていたが、うまくできた気がしなかった。矢島もそれを見て「本人を見てから微修正していきましょう」と微妙な反応だった。  初面談では、今田が前に出た。矢島は生徒を迎え、生徒の後から今田の横に座った。  えへん、と今田は咳払いした。少し緊張する。生徒に対しても、評価されてるんじゃないかと思うと矢島に対しても。  でも、裏では毎日今田に相談してきた矢島も、生徒にはいつも堂々としていたから姿勢を正す。 「市橋将孝くん」  今田は肩を狭め、自信がなさそうな生徒を見た。目線は下を向いていて、手はぐっと握られて太ももの上にあるが、骨折した腕や足にはまだ固定具が見える。 「私は今田です。こちらは矢島先生です。2人で君と一緒に3ヶ月を過ごします。よろしくお願いします」  今田が言うと、将孝は上目遣いに今田と矢島を見て、小さな声で、でも比較的はっきりと「よろしくお願いします」と答えた。  隣の矢島が小さく笑みを浮かべ、今田もちょっと緊張を緩めた。 「本当なら中学3年生の冬は受験勉強に勤しんでいると思います。ここを卒業した後のことは考えていますか? 行きたい高校があったんですよね?」  答えはすぐには返ってこなかった。が、しばらく待つと将孝は答えた。 「もういいです」 「え、そうなの? 成績もいいし、高校は行けるよ。行こうよ」  今田は思わず少し前のめりに言ってしまった。  またしばらくの無言があり、それから彼は答えた。 「どこに住むかもわからないので」 「あ、そうか…。でも親戚の家に行く予定は立ってるんですよね。そこの高校のリスト、取り寄せておきます。一度考えてみたらどうかな。無理にとは言わないけど。それか、他にやりたい仕事があるとか?」  無言。そして回答。 「機械とか、好きです。ロボットとか」 「お、すごいじゃないですか。工学とかやったらいいよ」  そこで矢島が口を挟んだ。 「今田先生は工学出身なので、いろいろおもしろい話が聞けますよ」  それで、初めて将孝が顔をもう少し上に上げた。  その目には、小さな好奇心は見えたが、虚無な闇に覆われて隠れてしまいそうだった。 「高校に行かなくても大学は行けるけど、どうせなら高校だって行ってもいいと思うよ。一緒に勉強しましょう」  無言。そして回答。 「はい」  今田はちらりと矢島を見た。  矢島は視線を合わせたが、別に何も言わなかった。
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