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 能力を隠す相手に実力を見せてもらう方法は、周囲が素知らぬ顔で難易度の高いことを簡単にやってみせ、彼にもやってみさせることだと矢島が言った。彼は潜入時代もそうやって相手の力を測っていたという。  その助言に従い、今田はいろいろなチャレンジを市橋将孝にさせてみた。そして心の中ではいつも驚いていた。その驚きは、現場にいる矢島や他の教官とも共有され、周りが次第に、あの子はSDAにスカウトすべきじゃないかと盛り上がり始めていた。  それほど、将孝は素晴らしい力を持っていた。  特に、数日のレンジャー部隊の体験学習として、サバイバル訓練を模擬でやってみると、それはもう、基礎訓練は不要なぐらいに出来上がっていた。周りがソワソワするのも不思議ではない。  同時に、将孝はそういった周囲のレベルが自分に合っていると感じたのか、苛立ちを感じた時には激しい逸脱行動に出るようにもなりつつあった。  それほど感情の高ぶりはないにも関わらず、彼は突然、居室の家具や備品を壊したり、図書室を訪れた際に、書架をいきなり倒してみたり、食堂で不快な発言が聞こえたら、相手に水をぶっかけたりした。そして教官が止めようとすると、大暴れした。  矢島がそれが負の側面でもあると言い、安全確保できる限りは好きに暴れさせましょうと言った。それはハンス・バウティスタのときと同じ反応だった。暴れたい奴は発散させたほうがいいというのが、矢島の方針らしかった。  時に将孝本人が怪我をすることもあったので、今田はハラハラしたものの、矢島と2人で全力で生徒を羽交い締めにしたり、他の生徒や教官を守ったりしているうちに、何だかチーム感が出てきた。  そして、将孝は普段から爪を隠さなくなり、感情のなかった目からは恐れも驚きも喜びも表されるようになった。そう。喜びもだ。  生徒は喜んでいた。自分が何をしても止められる状況に。そして、どこまでなら大丈夫かを確かめるようになっていた。  今田はいつまで続くのか、このまま3ヶ月が終わるんじゃないかと思ったが、矢島はそれならそれでも意味はあると言った。そう言う矢島も、たまに手を抜いて他の教官に追いかけさせたりしていたから、そろそろ勘弁してくれよと思っていたのかもしれない。  それでも、どこまでも大丈夫だと知ると、1ヶ月以上続いた将孝の挑戦行動は収まっていった。  ただし、今田や矢島の疲弊は相当なもので、2人は将孝の破壊行動がピークを過ぎた後に交代で体調を崩した。今田が2日休んで復活してみると、矢島が執務室の机に突っ伏していて、今田が「おはようございます」と声をかけると、むくっと起きて手を出した。  矢島の手に今田が軽く手を当てると、彼は自分の鞄を持って立ち上がった。 「良かった、今田くんが来たら早退しようと思ってて……僕は帰ります」  そう言って、矢島はフラフラと帰っていった。 「今、今田くんって言いましたよね」  今田が周りに確認すると、小野寺が鼻で笑った。 「バカ矢島、あいつギリ中卒だから天才小僧に勉強教えられないって嘆いてたぞ。頭から火を吹きそうだって言うから、熱測ったらホントに熱があったから、もう帰れって言ったんだよ。そんでも今田が来ないとどうのこうのって。頼りにしてんだよ」 「うぉ、頑張っちゃうぞ」  今田は腕まくりした。
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