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 翌日、復活してきた矢島に頼んでみると、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。 「どうしてですか。あんなに若年層テロの撲滅を訴えているのに」  今田は口を尖らせて言った。 「撲滅は訴えてませんよ」  矢島はやる気のない感じで答える。 「対策を考えてるだけで、撲滅は考えてません。そんな害虫みたいな言い方……」 「え、矢島二尉はどっち側なんですか?」 「それは永遠のテーマですね」  矢島が言って、今田はムスッとした。何だこの人。 「ほら、ちょうどもうすぐ、清倫塾事件の追悼式典があるじゃないですか。そのパネルとか見たらどうですか。普通に検索してもけっこうリアルな写真とか動画とかありますよ」  そう言われて今田は黙った。  わからない。どうしてこんなにやる気がないのか。  そこで、病み上がりの矢島を労いに来た浜松を捕まえた。このストーカーなら何でも喋るに違いない。そう思って、浜松がプロジェクト室を出たところで廊下の端に追い詰めた。 「えー、矢島二尉が望まないことは話すわけには…」  浜松は意外に渋った。 「矢島二尉が休んだお詫びにくれた、この飴は要りませんか?」  今田はかわいいピンクの飴を浜松に握らせようとした。彼を制するには賄賂が必要なのはわかっている。 「これは沙羅ちゃんの大好きなミルクいちご飴じゃないか。こんなの常備してる。いらん」 「あ、じゃぁこれは。矢島二尉が落としたレシート」 「どうしてそんなもの持ってるんだよ」 「え……浜松一曹が喜ばれるかと……」 「経費精算用だったらどうすんだよ」 「違うと思いますよ。普通の自宅用の買い物っぽいです。牛乳と、玉ねぎと……」 「うおぉ」  浜松がレシートを奪い取り、自分のポケットに突っ込んだ。 「清倫塾事件のことなんか、矢島二尉は喋るわけないだろ。まだ18だったし、やっぱり相当苦しかったんだと思うよ。この季節はニュースでもたまにやるし、思い出して辛いんだろうな」 「辛そう、ではなかったですよ。どっちかというと、関心がなさげで」  今田が言うと、浜松は小さくため息をついた。 「そんなんで相棒のつもりか。部下のつもりか。情けないな。矢島二尉がやる気がないのは、聴聞会だけだよ」 「いや、聴聞会はやる気出しましょうよ。小中学校の出前授業は行ってるのに、どうして隊ではやらないんですか」 「3年前に幹部対象にやらされて講演後に辞表出したんだぞ」 「え? だったら最初から断れば……」 「まぁ、あのときは頼み込まれてやったのに、蓋を開けば新参幹部に吊し上げられたからかもしれないけどな……」 「え……」  今田が絶句すると、浜松はそっと今田を壁に向けて声を潜めた。 「矢島二尉、時々、英雄視されるときがあるだろ? それを妬む若い奴もいるんだよ。特に幹部候補生とかはさ、叩き上げの若い上官って、一番嫌なわけだよ。妬むのもいるわけだ。矢島二尉は普段ならサラサラに受け流すんだけど、清倫塾の場合は別だな。ボッコボコにやられて、その時は平然としてんだけど、終わってから辞めるって言って、みんなが止めた」 「それ……止められるの期待してたんじゃないんですか?」  今田が言うと、浜松は額をぐいぐいと今田の顔に押し付けてきた。 「痛いです、痛い」 「いや、あれは本気だった。矢島二尉は前からちゃんと学校に通いたいって言ってて、それもあって良い機会だと思ったらしくて。そういうこと、前にも言ってて、高卒認定は取るとか取らないとかで、途中まで単位取れてるとかで、事務出向にして時間の都合はつけてやるから、ちょっと頭を冷やせって脅されたんだよ」 「誰にですか?」 「永瀬少佐だよ。矢島二尉の行動を制限できるのなんてあの人ぐらいしかいない」 「え……じゃぁ永瀬少佐にお願いしてみます。矢島二尉に特別講習してもらいたいんです。今、担当してる子、すごく優秀なんですけど、興味を持っているみたいで。もしかしたらSDAの幹部にもなれそうな子で」 「おまえ、そんな話持っていったら少佐に殺されるぞ」  今田は大きく息をついた。 「どうしてですか。矢島二尉は実際、素晴らしい経歴を……」 「それは俺が一番知ってるんだよ、クソ。清倫塾の話以外ならしてくれる。それで我慢しろ」 「嫌です。彼の矯正のために必要なことなんです」 「矢島二尉がまた辞めたくなったらどうするんだ」 「そんな根性なしじゃないですよ」 「そうだが!」  浜松が怒鳴るように言って、今田は顔をそむけた。殴られるのかと思った。  コンコン、と廊下の壁がノックされ、2人は矢島が立っている方を見た。 「今田先生、行きますよ。浜松さんは本来の業務に戻ってください」  そう言われて2人はピシッと背筋を伸ばした。
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