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■Prologue
報告会議のために廊下を急いでいると、後ろから呼び止められた。
靴音で誰だかわかる。最近ちょっと太ってきたことを気にしている科長だ。
矢島蛍汰は立ち止まって振り返り、相手が近づくのを待った。
「矢島、例のプロジェクトだけどな、やっぱりどうしても入ってほしいって」
命令すればいいのに、科長は先に蛍汰にイエスと言わせたいらしい。その方が仕事にもやる気が出るだろうと前に言っていた。
「断ることもできるんですか?」
蛍汰が聞くと、科長はニヤッと笑った。
「いや。でも、今なら条件を出すことができる」
「条件」
蛍汰は少し考えた。どういう条件なら飲んでくれそうなんだろう。
「娘の運動会に出られるとか、そういうことですか?」
「それは大事なイベントだな。例えばそういうことだ」
「運動会がダメなら、親子遠足というのがありまして」
「楽しそうだ」
「日程を出しておいてもいいですか?」
「よし、明日には辞令が出る。今の業務はこっちで引き受けるから、頑張れ」
いそいそと立ち去ろうと踵を返した科長を見て、蛍汰は声をかけた。
「科長、運動会で保護者競技に出るときは、本気を出してもいいものですか?」
「矢島」
科長は歩きながらも体を捻ってこちらを向いた。が、どんどん遠ざかっていく。
「一般人を怪我させたらクビだぞ」
「それ、永瀬少佐に言っておいていただけませんか?」
そう言うと、科長は冗談だと思ったらしく、はははっと笑って角を曲がって消えた。
いや、本気で言ってるんだけどな。
蛍汰は小さく息をつき、前に向き直って歩き出した。
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