凍土に光射して

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 それ以来、私たちは時折、言葉を交わすようになった。与えられた僅かな休憩時間になると、私はたどたどしいロシア語で彼女に話しかけた。彼女は私にもわかりやすい言葉を選びながら答えてくれた。私たちは少しずつお互いのことを知っていった。  スヴェトラーナは、森で薬草を採ったり、手作りの菓子や工芸品を売ったりして暮らしていた。兄を戦争で亡くし、今は母親と二人で暮らしていること、いつか、広い世界を見てみたい、と夢を聞かせてくれた。  私は日本のことを話した。桜の花びらが舞う春の情景。蝉時雨の響く夏の午後。紅葉に染まる秋の山々。そして、私の帰りを待っている家族と婚約者のこと。目を輝かせながら私の話に耳を傾けてくれたスヴェトラーナの姿を、いまでもはっきりと思い出せる。「日本を、あなたの国を見てみたい」そう言った彼女の言葉は、改めて私に日本の風景や家族との暮らしを思い出させ、帰国を諦めかけていた私にもう一度、最後まで生き残るという決意を呼び覚ましてくれた。彼女はその名のごとく、この暗闇を照らす光のようだった。  彼女の澄んだ瞳に、私は言葉にできない何かを感じていた。それは、恋愛感情というよりも、凍てついた私の心に温もりをもたらす人間性を取り戻す希望の光であった。  彼女は時々、私に手作りの菓子をこっそり分けてくれた。紙に包まれた菓子の甘味は私の心を和ませ、故郷への想いを募らせ、そして生き残るという決意をいっそう強くさせた。お返しに私は日本の折り紙を教えた。鶴、舟、魚、花、鳥、スヴェトラーナは目を丸くして驚き、嬉しそうにハンカチに包んで持ち帰った。
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