Case57.

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Case57.

 昼寝から目覚めると三か月が経過していた。伸びをして、中空からダーツの矢を取り出す。運に任せた相手選びもいいかも知れない。軽く投げると雲を切り裂きあっという間に見えなくなった。地球を三分の二周した辺りで、いて、と声が聞こえる。その主の元へすぐに舞い降りた。こんにちは、と小首を傾げてみせる。そこには一人の青年が頭を擦りながら立っていた。足元に落ちているダーツをすぐに回収する。 「おい、俺にそれをぶつけたのはお前か」 「そうですよ」  応じると、何をしやがる、と睨み付けられた。 「天国へ連れていく方を探しておりまして、こうしてダーツで決めさせていただきました」 「何を言っている。頭がおかしいのか」 「思考は至って正常です。さて、名乗りが遅くなりました。私は天使。今申し上げた通り、天国へ連れていく人間の方を探しております」  ほら、と翼を広げてみせる。そして上空三百メートルまで飛び上がり、すぐに彼の傍らへ着地をした。寝起きの運動には丁度良い。マジか、と彼は口元を押さえた。 「納得いただけましたか。では天国へと参りましょう」  呆気に取られている間に納得させてしまおうとしたのだけれど、それは嫌だ、と断られた。 「天国にいくって死ぬって意味だろ。お断りだね」  この人間も拒否するのか。既に五十六人から同じ返答を貰っている。ふうむ、いっそ勢い任せで言いくるめてしまおうか。 「そこはほら、事故とか自殺とか辻斬りとかで片付けますから」 「辻斬りは無理がある、とは言えないご時世だけどよぉ。そうじゃなくて、絶対に死ねない理由がある」  絶対、か。 「それは何です?」 「昨日、彼女ができたばかりなんだ」  相変わらず理解に苦しむ。 「そうですか。でも天国ですよ? 不幸も苦しみも何一つ無い理想郷。行ける人は限られています」 「いいよ、行かなくて。聞いていたか? 昨日、俺は、彼女ができたんだ」 「ですってね」 「有り得ないだろ、付き合い始めた翌日に彼氏が死ぬって。相当肝が据わっていても精神的外傷を負うわ」 「それは残された側の都合です。天国へ逝けば貴方に関係の無くなる話です」 「好きな相手にショックを与えて自分だけおめおめ天国に逝けるわけあるか」 「折角ダーツで当たったのに? 地球で唯一、貴方にだけ当たったのですよ?」 「大当たりを装っているけど死ぬんだろ」 「死にます」 「それが嫌だって言ってんの」 「でも天国ですよ?」 「しつこいな。俺は天国を望んでいない。愛する彼女と一緒に生きる」  何故靡かないのか。あぁ、そうか。 「もしや死因が不自然ではないかと気になられているので? その点はご心配なく。事故か自殺で死ぬようにしますから」 「自殺はおかしくない? 彼女ができた次の日に自殺って、それもう交際拒否の最終手段じゃん。向こうから告白してきたわけだから、私と付き合うのが文字通り死ぬ程嫌だったの!? ってなるわ」 「じゃあ事故で」 「事故って、交通?」 「そうですね。尤も自然で手軽です」 「それは俺を轢いた奴が不幸になるじゃん。誰かを現世で地獄に落として自分はダーツで当たった天国逝きって、死んだところであっちを満喫出来るわけねぇだろ。俺は天国へ逝けたけど、俺を轢いた奴は刑務所で罪を償いながらこの世は地獄だって思っているんだなぁってきっと頭を過る。心穏やかになれねぇじゃん。わざわざ死んでまで天国へ逝ったのに」 「じゃあ川で溺れ死んで下さい」 「随分ストレートに言いやがる。溺れ死んで下さいって、それはもう天使の台詞じゃない。明確に死神の発言だ」 「天使です」 「俺にはそうは思えない」 「ほら、羽」  背中の羽を広げて見せる。 「綺麗な白い羽じゃねぇか。腹の中は真っ黒なのに」 「お褒めの言葉、恐れ入ります。一緒に逝く決心はつきましたか?」 「何で羽を見せれば気が変わると思った? いいか、もう一度だけ言う。俺は死にたくない。たとえ天国へ逝けるとしても、まだ現世にやり残したことがたくさんある。彼女とも一日しか付き合えていない。もっと同じ時間を共有したい」 「ちなみに天使は大体こんな感じです。人間の基準に当て嵌めると、美しいかと」 「懐から写真を渡すんじゃねぇ。完全に危ない薬の取引の絵面だ」 「私の姿は貴方以外の誰にも見えてはいないのでご安心を」 「っていうかお前、羽以外は全部悪人の振る舞いだぞ」 「でも見て下さい。クソ美人じゃないですか?」 「クソって付けるな。そんでもってな、見てくれの良い奴がいると知ったところで死のうとは思わないんだよ」 「貴方の彼女より可愛いでしょ」 「シンプルに失礼だな。殴っていい?」 「もうごねるのはやめましょう。逝きますよ」 「逝かねぇよ。そんで明日死ねって言われたら誰だってごねるわ」 「クソ美人が蔓延っているのに?」 「そもそも天使が性欲へ直球に訴えてもいいわけ?」 「むしろ一番手っ取り早いでしょ」 「手間暇の問題じゃないんだよ。モラルや教え的にどうなのかって話」 「連れて行けるなら些末な事です」 「やっぱりちょっと問題なのかよ」 「会話は平行線を辿りますね。もう逝きますすか。その辺のビルの屋上に行きましょう。私が飛んで連れて行きますから」 「行かないし逝かない。あ、コラやめろ。離せ。いや、離すな。今離されたら死ぬ」  空中に浮かぶと彼は大人しくなった。それこそ離してしまえば連れて行けるけど落下距離を割り出されると不自然が過ぎる。 「はい、屋上です。さぁ、飛び降りましょうか」 「説得が面倒臭くなって力技で追い詰めたのか? 空中で放り出さなかっただけありがたいが」 「納得の上で死んで貰いたいので」 「じゃあ諦めな。お前の説得に俺は耳を貸さない。此処まで来ようが知ったこっちゃない。気が変わるとでも思ったか? そんなわけねぇだろ。他を当たれ」  うむ、この人間も駄目らしい。わかりました、と一礼をする。 「ではお暇します。さようなら、名前も知らない貴方」 「その前に地上へ戻せアホ!」
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