梅の便り

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 瑞垣がそれを思い出したのは、春節からしばらく後のことだった。  日本で云うところの旧正月、春節は一大行事で、その大騒ぎが落ち着いた頃だ。中国大陸内の外国・上海租界であっても中にいる人間、特に労働者は中国人だ。正月を疎かにする中国人はいない。郷に入れば郷に従え、というより、単に祝い事は多い方がいいという享楽的な話で、勿論、それに異を唱える者は何処にも居ない。  間もなく春が来る。 「梅が……咲くのはいつ頃や?」  上海記者倶楽部のいつもの午後、そう瑞垣が呟くと、 「は? 何処の梅ですか?」 「紅梅と白梅では少し時期が違いますが、どちらですか?」  近くに居た塩塚と野々村が応えて、為人(ひととなり)が出るな、と思いながら瑞垣は定位置の長椅子から身を起こした。 「確か紅梅の方が早いです。大凡、半月くらい違います」  落ち着いて補足する野々村に「詳しいですねえ」と塩塚が水を向ければ、地元に名所があってねと応えている。それを斜めに聞きながら、瑞垣は例の庭を思い出していた。 「紅梅で……租界の、北東やな、○○○のあたりや。梅が咲いたら見に来い言われてな」 「であれば咲き初めかもしれませんね。あのあたり水辺も遠いし」 「品種にも依りますが、早いものならそろそろ見頃では?」  ちなみに瑞垣は梅の品種に疎い、というより、そこまで関心を払ったことがなかった。件の梅の木の様子もうろ覚えである。 「……赤かった、ことしか覚えとらん」 「情報量が皆無ですね」  そこで俄に、倶楽部の入り口付近に居た村田支局長から野々村に声が掛かり、三人分の茶を煎れた塩塚は徒手空拳である。  しかし、塩塚の方はこれ幸いにと卓上に茶碗と芝麻球(揚げて胡麻をまぶした団子だ)を置くと、瑞垣にそっと訊ねてくる。

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