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2021年版〜棗藤次〜
「藤次さん!」
クリスマスイブ。
京都市内の百貨店の前で、スマホ片手に佇む藤次は、名を呼ばれて、寄りかかっていた柱から身体を離す。
現れたのは、ラパンのモコモコのコートに身を包んだ、青のワンピース姿の絢音。
「時間ぴったりやな。さすが。」
「だって…藤次さん寒い中待たせるの、悪いし…」
「ええんや。ほな、行こか?」
「うん。」
頷き、2人は手を握って、百貨店の中に入る。
「でも、一緒に住んでるのに…なんでわざわざ、外で待ち合わせ?」
不思議そうに自分を見上げる恋人に、藤次は渋い顔をする。
「お前なぁ、一応デートやねんぞこれ。待ち合わせすんの、当たり前やろ。…こんな事言わせんな。恥ずかしわ。」
「ご、ごめん…」
顔を赤くして俯く彼女に、藤次はため息一つつき、握った手を更に強く握りしめる。
「ま。そう言う鈍チンなとこも、可愛いんやけどな…」
「意地悪…」
「へぇへ。まあ、プレゼント奮発したるさかい、機嫌直して?ワシの可愛い…お姫(ひい)さん?」
「そんな高いもの、いらないわ…」
「阿保いいな。年一回のクリスマスやで?惚れた女に思い出になるもん買うてやらんと、男やないわ。ほら!好きなもん、選び?」
「そんな事言われても…」
百貨店のフロアマップを一瞥して、絢音は思案する。
そもそも百貨店と言う藤次のセレクト自体、自分には分不相応で、本音を言うなら、その辺の古書屋で満足なのに…
そう考えながら、本屋のある階のエレベーターのボタンを押そうとした時だった。
藤次の手が、何の迷いもなく別の階…宝飾品売り場のボタンを押す。
「と、藤次さん?!」
「なんや?女の子なんやから、好きやろ?こう言うとこ。それとも服がええんか?」
「そうじゃなくて…」
「ならええやん。ほら、来たで?」
「あの…だから…」
強引にエレベーターに押し込まれ、藤次に誘われて、絢音は宝飾品売り場へ降り立つ。
「さて、何が似合うかのぅ…姉ちゃん、この娘に似合うもん、なんか適当に見繕ってくれへん?」
「かしこまりました。ご予算は?」
「野暮言いなや。クリスマスやで?金に糸目はつけんさかい、ええもん持って来てや!」
「藤次さん!私、そんな高級なもの、いらないわ!!」
「ええからええから。お前の為に、してやりたいんや。こんな形でしか、ワシのお前への気持ち、表現できんさかい。」
「そんなの…形にしてくれなくたって、充分分かってるわ。私こそ、貴方になにも、なにも伝えきれてない。」
「ワシはええんや。お前さえ側におってくれて、側で…笑ってくれとったら、それでええんや。」
「藤次さん…」
「こんな所で何言わすねん。阿保…」
ピンとおでこを弾かれ、顔を赤らめる藤次につられて赤くなっていると、目の前に煌びやかな宝飾品が並べられる。
「こちらのイヤリングなど、いかがでしょう?」
「ふむ…」
頷き、藤次は店員に差し出された、小粒のダイヤが縦に連なるイヤリングを、絢音の顔の横に持って行く。
「肌白いから、地味に感じるな。色付きの石のやつは、ないのん?」
「でしたら、ブルーサファイアなど、いかがでしょう?お洋服も青ですし…」
「無難っちゃ無難やな?せやけど…」
そう言って顎に手を当て思案した後、藤次は絢音を見やる。
「ちょっと席、外してくれへんか?一緒に選びたかったんやけど、やっぱり…びっくりさせたい。」
「えっ…そりゃあ、良いけど?じゃあ、私も藤次さんのプレゼント選んでくる。でも、くれぐれも高いものは…」
「分かってる。ほんなら1時間後に、3階の喫茶店で待ち合わせしよ。場所、分かるか?」
「うん…」
「じゃあ、後で…」
「ん。」
急な藤次の態度を不思議に思いながらも、絢音は宝飾品売り場を後にする。
その姿を見送ったあと、藤次は照れ臭そうに、目の前の女性店員に持ちかける。
「ワシ…あの娘と結婚したいんや。せやけどまだ、プロポーズしてないから、ダイヤ以外で、なんかそう言う、愛情伝えられそうなもん、ないか?」
その言葉に、店員は一瞬瞬いたが、やや待って店の奥から、とある宝飾品を持ってくる。
「では、こちらはいかがでしょう…パパラチアサファイアでございます。宝石言葉など、丁度よろしいかと…」
「へぇ、そんなんあるんや。意味は?」
藤次の問いに、店員はニコリと微笑む。
「パパラチアサファイアの宝石言葉は…」
*
「ごめんな。バタバタさして…」
「ううん。今日は楽しかった。お料理も美味しかったし…」
夜も更けて来た23時。
京都市内のホテルのラウンジのカウンターに、2人はいた。
ノンアルコールのカクテルを飲みながら絢音はそう言うと、百貨店で購入したプレゼントを、隣でウィスキーを呷る藤次に差し出す。
「プレゼント…お仕事してる時も、一緒にいたいなって思って、選んだの…」
「なんやろ。開けてええ?」
「うん。」
ラッピングを解いて箱を開けると、瀟酒なアンティーク調の彫刻が施された、シルバーのタイピン。
「相変わらず、ええ趣味やな?おおきに。大事にする。」
「うん。」
「ほんならワシも、プレゼント。気に入ってくれると、ええんやけど…」
「ありがとう…開けていい?」
「うん。」
言って、絢音も包みを解き箱を開けると、淡い紅のような朱色のような、複雑な赤い色を湛えた宝石が光る、小さなイヤリングが顔を覗かせる。
「綺麗…何て石?」
「さあ?適当に買うたから、忘れた。」
「なによそれ。ひどい。」
むくれる彼女に、藤次は優しく笑いかける。
「お前の美しさの前では、どんな宝石も霞むわ。せやから、なんでもええんや。」
「…なによ。そんな歯の浮くような台詞、どこで覚えてきたの?」
「さあな。少し酔うてきた。会計して、行くか…」
「行くって…これ以上何処に?」
その問いに、藤次はスーツの内ポケットから、一枚のカード…ルームキーを出す。
「最上階のスイート…予約してん。夜景…綺麗やで?」
「夜景…見るだけ?」
「どうやろ?お前次第…やな?」
顔を真っ赤に染めた恋人の肩を抱き、ラウンジを後にする。
エレベーターの最上階のボタンを押して乗り込むと、ガラス張りのゴンドラから、夜の京都がロマンチックに輝きを放ち、2人はうっとりとその光景を見つめながら、静かに寄り添った。
藤次が絢音に贈った、パパラチアサファイア。
その宝石言葉は…
「あなたの過去も、今も、未来も、愛している…」
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