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2021年版〜谷原真嗣〜
「いらっしゃいませ…」
…京都鴨川縁に店を構えて10数年。
今日も俺…高坂慎一は、慣れた手つきでシェイカーを振る。
お客様に、満足のいく一杯を提供するために。
「あー。寒かった。雪、降るかなぁ〜」
「どうだろうね。まあ、君と過ごすホワイトクリスマスというのも、なかなか乙なものだね。」
「あはは。光栄です。安原さん。」
…半年程前から、うちに来るようになった、この男性2人組。
谷原様と、安原様。
谷原様は弁護士。安原様は中堅IT企業の社長。詳しい経緯は知らないが、仕事関係で知り合い、馬が合うのか、時々こうして、仕事帰りにここに来ている。
馬が合う…いや、この場合…
「僕はいつもの。ロブ・ロイで。」
「じゃあ僕も、いつもの…」
「ソルティードックですね?かしこまりました。」
言って、材料を用意して注文の品を作る。
谷原様は甘党なのか、女性が好む甘めのテイストを選ばれるが、度数はいつも高め。それなりに、アルコールはお飲みにはなれるようだ。
対して安原様は、これといって一貫性はないが、いつも最初にソルティードックを注文される。
度数も普通…あまりアルコールは強くないのだろうか…
「お待たせしました。ロブ・ロイでございます。」
「わぁ!いつ見ても綺麗な褐色!さすが高坂さん!僕、ここのロブ・ロイが一番お気に入りなんだ。」
「ありがとうございます。谷原様…」
…40半ばと聞いているが、幼い顔つきのせいか、まるで初めてバーに来た青年のようなあどけない顔でカクテルを口にする谷原様。
そして、その様を隣で眩しそうに見つめる安原様。
ほら、やっぱり…
この2人…いや、安原様は、どうやら谷原様に、気があるようだ…
「お待たせ致しました。ソルティードックです。」
「ああ。ありがとう。」
受け取る安原様の指にも、谷原様の指にも、指輪はない。
どうやらお互い、独身のようだ。
今日日同性愛など珍しくも何ともない。ましてや男色など、戦国の世から存在する歴史ある風習。
2人が幸せなら、それで良いのではないか。
そう思いながら、穏やかに見守ること半年…幾度か安原様が谷原様を口説かれる素振りはあったが、どうもこのお2人、会話が噛み合っているようでいない。
「良かったらこれ、クリスマスプレゼント。大したものじゃないんだけど…」
言って、安原様はなにやら青いリボンのついた小箱を、谷原様に差し出す。
「えぇ…困りますよ。僕なんかにそんな…」
「なんかなんて言うなよ。君に似合うと思ったから、買ったんだ。捨てるのもアレだし、受け取ってくれないか?」
「はぁ…」
そう言って頷き、谷原様は箱を受け取る。
「開けてみて?」
「えっ!?ここで?」
「うん。身に付けてるとこ、見てみたい…」
「………」
困り顔で、リボンを解く谷原様。
やや待って、品の良いレザーのブレスレットが顔を覗かせる。
「これ、イタリアの高級レザーブランド、ボッテガ・ヴェネタじゃないですか。もらえませんよ。」
箱を突き返す谷原様に、安原様はにこやかに笑う。
「さすが弁護士。ブランドには詳しいね。現地に行く機会があってね。安く買えたんだ。だから気にせず、受け取って欲しい。」
「困ったな。僕は、何も用意してないのに…」
「良いんだ。僕は君とクリスマスを過ごせれば、満足さ。」
「そう言う台詞は、普通女性に言うもんですよ安原さん。この間の人、どうしたんですか?」
「あぁ、あの娘?気になる?」
「まあ、人並みに?」
カクテルを飲み干して、同じものをと言う谷原様に答えて注文を作っていると、安原様が口を開く。
「暇潰しで付き合ってみたけど、女はみんなバカでずる賢くて、すぐ騙そうとする。だからこちらも、適当に話を合わせて良い人を演じてみたが、そんな恋愛…つまらないだろ?ま。僕に群がる女なんて、そんなもんさ。」
「ふーん…なんか、何処かで聞いた台詞に似てる。懐かしいなぁ〜」
そう言って、なにやら思い出に浸る谷原様。
きっと彼の事だろう。
お一人で来られた時、こっそり打ち明けられた、一人の男性の名前が頭をよぎる。
…なつめ、とうじ…
谷原様が唯一愛を告げた男性らしいが、結果はかんばしくなかったらしい。
どうにもこうにも、恋愛と言うのは、つくづくままならないものだ…
「君にそんな台詞を吐かせる相手がいるなんて、少し妬けるな…」
「ええまあ、付き合いも長いですし…一番の親友ですから。」
「親友…ね。」
「お待たせ致しました。ロブ・ロイです。」
「ああ、高坂君。僕にも彼と同じもの、いただけないか?」
「えっ?!」
いきなり出た安原様の言葉に、不覚にも驚いてしまった。
カウンターを見ると、谷原様も目を丸くしている。
「ちょっ…無理しない方がいいですよ安原さん。これ、結構度数も高いし…お酒、そんなに強くないんでしょ?」
「良いんだ。今日はちょっと、酔いたくてね。頼むよ。高坂君。」
「…承知致しました。」
「ん…」
「どうしたんですか?なんか、今日変ですよ安原さん。」
「別に?いつも通りさ…」
「そう?なら良いんだけど…僕、ちょっとお手洗い。」
言って、2杯目のロブ・ロイを飲み干し、谷原様はレストルームへと消える。
「…参ったな。惚れた弱みか、目の前にするとどうも萎縮してしまう。」
…ああ。
なるほど、そう言う事か…
「それで、酒の力と言うわけですか?安原様。」
「まあね。秘密だよ?」
「かしこまりました。どうぞ、ロブ・ロイです。」
「ん。」
アンティーク調のカクテルグラスに入ったロブ・ロイを、安原様は一気に呷る。
おいおい。
強くないんだろ?
大丈夫か?
けしかけた手前、その一言が言えずグラスを磨いていると、レストルームの扉が開き、谷原様が現れる。
「あースッキリした!高坂さん!ロブ・ロイもう一杯お願い!」
「かしこまりました。しかし、もう2杯もお召し上がりになられてますね。少しお休みされては…」
「大丈夫大丈夫。だって美味しいんだもん!安原さんも、そう思うでしょ?」
「………谷原…」
「なに?」
ゆらりと、席を立つ安原様。よく見ると、目が座ってる。
行く、のか?
そう思った瞬間だった。安原様が、谷原様の手を握り詰め寄る。
「僕と、付き合ってくれないか?!」
「…へ?」
言った!
目の前で繰り広げられる恋愛模様を食い入るように見つめて、谷原様の返事を待っていたが、やや待って、安原様が口を押さえて青ざめる。
「気持ち悪い…」
「えぇっ?!!」
…言わんこっちゃない。
大して酒に強くない人間が、アルコール度数25度の酒を一気に呷るから…
格好のつかない告白に、谷原様が更に追い討ちをかける。
「こんな状態で2件目付き合えなんて無茶だよ!!ホラしっかりして!高坂さん!お手洗い借りますね!?」
「はい…どうぞ…」
バタバタとレストルームへ消えていくお2人を見つめながら、ふと、谷原様の注文した3杯目のロブ・ロイの作りかけを見やる。
ロブ・ロイのカクテル言葉…
−貴方の心を奪いたい−
「なかなかどうして…ままならないものだな。恋愛は…」
安原様が戻ってこられたら、慰めになにかサービスしよう。
そんな事を考えながら、ミキシング・グラスに浮かぶロブ・ロイを軽くステアしながら、更け行く聖夜に、思いを馳せた…
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