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2021年版〜楢山賢太郎〜
「メリークリスマス!!」
パンとクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞う。
その様を見つめながら、賢太郎はお気に入りのワインを呷る。
「お父さん…相変わらず無表情。クリスマスなのよ?愛想笑いの一つも浮かべたら?」
年々口調が世話女房のそれになってきた、長女洋子。
「でもさ。家族でクリスマスとか何年ぶり?!ウケる!!」
茶髪に今風のメイクに口調の、次女長子(ながこ)。
「全てアタシのおかげね。感謝なさいな。」
眼鏡をクイッと上げて澄ました口調の、三女波子。
とても同じ両親から生まれたとは思えない三者三様の我が子のやり取りを聞きながら、賢太郎はひたすらワインを飲み進める。
「楢山君飲み過ぎ!買い溜め無くなっちゃうじゃん!ホラ、ケーキ切り分けて!!」
「クリスマスなんだから良いだろ?ボーナスで奮発したんだ。1人で楽しませてくれ。」
「そうやってすーぐ自分の殻に閉じこもろうとする!…はい!没収!!」
言って、グラスとワインボトルを取り上げるのは、連れ添って20数年になる、妻の抄子。
お気に入りを取り上げられ不満はあったが、仕方なしとため息をついて、賢太郎は目の前に置かれた手製のケーキを切り分ける。
「波子…推薦入試、合格おめでとう。」
「ありがとう。ま。出来のいい親の面子を潰さなかったんだから、感謝してよね。お父さん?」
「なによイヤミ?どーせアタシは、三流大学の三流学部よ!!」
「あら、腐っても国公立じゃない。胸を張ってもいいと思うわよ?」
「よく言う。入学したら即司法試験受けようだなんて、正気の沙汰じゃないわ。アタシはゴメンね。お父さん見てると、やってく自信ない。」
「そうね。波子だけね。お父さんと同じ道に進もうとしてるのは。」
「そう言うお姉だって、大企業の営業職じゃん!成績も常にトップ。あーあ。萎える。」
ケーキを口に運びながら、そんな会話を聞いていると、賢太郎は徐に口を開く。
「差し出がましいようだが、お前達…こんな所で自分の人生を彼是語るくらいなら、彼氏の1人も作ったらどうだ?クリスマスだぞ?」
彼氏…
その言葉に、三姉妹の額に青痣が走る。
やや待って、洋子が口を開く。
「お父さん?私達別に、作れないわけじゃないの。敢えて作らないだけなの?仕事楽しいし?今は考えたくないって言うか…」
「だが、お母さんはお前の歳の頃には、お前と長子抱えて仕事してたぞ?両立してみろ。」
「って言うか、娘が色んなスケジュール全部反故にして家にいるんだよ?!嬉しくないの?」
「22にもなって家族優先する奴があるか。もっと遊べ。学生時代…遊べる時間はあっという間だぞ?」
「私は、早くお父さんと一緒に働きたいから…」
「そう言う感情だけでやっていける程、検察は甘くないぞ?それに、なれたらなれたで、初年度は転勤が付きまとう。仕事も激務だ。彼氏作る時間なんて…ないんだぞ?」
「………」
正論と言うか極論というか、ただ、淡々と事実を口にする父に閉口していると、抄子が豪快に笑う。
「楢山君!いくら藤次君の結婚式が良かったからって、娘にまで色恋沙汰押し付けるのやめなよー!みんな困ってんじゃん!!」
「別に俺は…」
「えっ!?棗の小父様、結婚されたの?!」
「ウッソマジ?!あのセクハラオヤジが?!」
「物好きもいたものね…」
「いたいた!蓼食う虫もなんとやら!でもさ、すっごい美人なんだよ?見る?写真。」
「見る!」
「お前…そんな見せ物みたいに…」
「まあまあ。後学のため。ため。」
言って、抄子が寝室から藤次と絢音の結婚式の写真を持ってきたものだから、三姉妹の興味は、幼い頃からの顔馴染みの藤次の妻になった女性に向く。
「ほら、真ん中の青のドレスの人…絢音ちゃん。キレイでしょ?」
写真の中で幸せそうに笑う絢音を見た瞬間、三姉妹は呆気にとられる。
「えっ…お母さん、これ…よく出来た合成?」
「違う違う。」
「じゃあアレ?!結婚詐欺師?!」
「なんで詐欺師が結婚式挙げるのよ…」
「と言う事は、本物…」
「うーん。残念ながら、本物なんだなぁ〜」
「お前ら、揃いも揃って棗をなんだと思ってるんだ…」
ため息混じりに言う賢太郎に、三姉妹は詰め寄る。
「だって信じられない!どうしたらあの小父様が、こんな美人で優しそうな人捕まえられたのよ!?アタシなんて…仕事ばっかでつまんない女だって!」
「ていうか有り得ない!!あの変態が結婚だなんて!!しかもこんな美人!ねぇ、今度オジサン連れてきてよ!落とし方とか聞きたい!」
「あ、アタシも、後学のため、聞きたい…かな?」
色めき立つ娘に辟易しながらも、賢太郎はずり落ちた眼鏡を掛け直しながら口を開く。
「まあ、そのうちな…」
「さあさ。藤次君の話はここまでにして、ご飯とプレゼント交換しよ?折角の家族水入らずなんだし!ね?楢山君?」
ウィンクする抄子をチラリと一瞥して、ワインの代わりにと手渡されたシャンメリーの入ったグラスを掲げる。
「まあ、色々思う所はあるが…とりあえず、メリークリスマス。」
ぶっきらぼうな父の言葉に苦笑いながらも、三姉妹と抄子もグラスを掲げる。
「メリークリスマス。」
*
そうして世も更け、風呂を終えてダイニングに行くと、テーブルに取り上げられた筈のワインと、ささやかなつまみが置かれていた。
「お父さん業お疲れ様。楢山君。」
「飲んで…良いのか?」
目を丸くして問うと、抄子は洗い物をしながら言葉を返す。
「奮発したんでしょ?なら、少しでも気が休まる時に飲めば良いじゃん。子供達いると、落ち着かないでしょ?」
「母親とは思えないセリフだな。」
「今は母親じゃなくて、貴方の妻だから。…と言うわけで、楢山君のとっておき、味見させて?」
グラス片手にニッコリ笑う妻を一瞥して、賢太郎は薄く笑い、2人で席に着きワインを開けて味に酔いしれる。
すると、抄子が何やらリボンの付いた箱を差し出す。
「ハイ。クリスマスプレゼント。」
「なんだ。さっきもらったぞ?手作りクッキー…」
「あんなの子供達に合わせただけだよ。本命はコレ。開けてみて?」
「………」
不思議に思いながらも箱を開けると、いかにもスーツに合いそうな、クラシカルなブローチが顔を覗かせる。
「お前、こんな高そうなもの一体…」
「なめないでよ。何年主婦してきたと思ってんの?ヘソクリの一つや二つ、常識でしょ?」
「そんな金、俺なんかのために…」
「なんかなんて言わないでよ水臭い。惚れた男に貯めた金を貢ぐ。女冥利に尽きるってもんじゃない。いやあね。」
「抄子…」
「なによ?ジロジロ見つめて、恥ずかしいじゃん?」
「………」
サッと、賢太郎は視線を外して俯く。
惚れた男。
そう事もなげに言える抄子が、羨ましかった。
連れ添って20数年…来年は25年、銀婚式。節目の年。
結婚10年目でようやく結婚指輪を買ってやれたが、自分は藤次のように…目の前の愛する女性に、してやってない事が多すぎる。
「(ホンマはこれでもええ思てんけど、やっぱり式、挙げたいしのー。いつかのために、やるわ。このクーポン。ま。絢音の美しさには負けるやろけど、意外と似合うんちゃうの?抄子ちゃんの、ドレス。)」
そう言って渡されたクーポンを思い出して、賢太郎は鞄のある寝室に向かいそれを取ると、抄子の前に突きつける。
「なに?」
「クリスマスプレゼントにはならないかもしれないけど、これで君に…ドレスを贈りたい。」
「ドレス?なんの?波子の卒業式の?」
「違う!」
「じゃあなによ?つか、このクーポンなに?駅前の大手の写真館?あの豪華なチャペルが売りの?…そこのウエディングフォトの割引券?」
読み進める内に、段々と顔が赤くなる妻を見下ろしながら、賢太郎はテーブルに置かれた彼女の手を取る。
「来年、銀婚式…記念に撮ろう。棗が絢音さんに着せたドレス以上に綺麗なウエディングドレス…必ず見つける。」
「ば、バカ言わないでよ!確かに式したくなったって言ったけどさ、アタシ子供産んでから10キロ太ったし、ボディラインだって…あんなに綺麗じゃない!だから、今更ドレスなんて!」
「俺が見たいんだよ!棗と同じ…桜の下で白い花嫁衣装を着たお前を、見たいんだ…」
「なんで、そんなとこまで張り合うのよ…あなた本当に、彼が好きなのね?」
「バカ言え。あんなお調子者、誰が好んで…それに、俺が世界で好きだと言うのは、君だけだ…抄子。」
「楢山君…」
ぽろりと涙を溢す抄子のそれを拭いながら、賢太郎は優しく囁く。
「クリスマスだ。今夜くらい呼んでくれないか?名前…」
「なによ。プレゼントあげたじゃん!欲張りだよ、そんな…」
「ああ。俺は、欲張りな男だ。特に、君に対してはな?」
言って、賢太郎は徐に眼鏡を外し、抄子に顔を寄せて口付ける。
最初は軽く、徐々に舌を入れて深く、何度も何度も重ねる内に、抄子の口がゆっくり名を紡ぐ。
「ありがとう…賢太郎…」
「あぁ…これからもよろしく。抄子…」
そうして椅子から彼女を抱き上げ、寝室に向かう2人を、テーブルに置かれたワインとブローチが、静かに、見守っていた…
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