2021年版〜棗藤次〜

1/1
前へ
/9ページ
次へ

2021年版〜棗藤次〜

「藤次さん!」  クリスマスイブ。  京都市内の百貨店の前で、スマホ片手に佇む藤次は、名を呼ばれて、寄りかかっていた柱から身体を離す。  現れたのは、ラパンのモコモコのコートに身を包んだ、青のワンピース姿の絢音。 「時間ぴったりやな。さすが。」 「だって…藤次さん寒い中待たせるの、悪いし…」 「ええんや。ほな、行こか?」 「うん。」  頷き、2人は手を握って、百貨店の中に入る。 「でも、一緒に住んでるのに…なんでわざわざ、外で待ち合わせ?」  不思議そうに自分を見上げる恋人に、藤次は渋い顔をする。 「お前なぁ、一応デートやねんぞこれ。待ち合わせすんの、当たり前やろ。…こんな事言わせんな。恥ずかしわ。」 「ご、ごめん…」  顔を赤くして俯く彼女に、藤次はため息一つつき、握った手を更に強く握りしめる。 「ま。そう言う鈍チンなとこも、可愛いんやけどな…」 「意地悪…」 「へぇへ。まあ、プレゼント奮発したるさかい、機嫌直して?ワシの可愛い…お姫(ひい)さん?」 「そんな高いもの、いらないわ…」 「阿保いいな。年一回のクリスマスやで?惚れた女に思い出になるもん買うてやらんと、男やないわ。ほら!好きなもん、選び?」 「そんな事言われても…」  百貨店のフロアマップを一瞥して、絢音は思案する。  そもそも百貨店と言う藤次のセレクト自体、自分には分不相応で、本音を言うなら、その辺の古書屋で満足なのに…  そう考えながら、本屋のある階のエレベーターのボタンを押そうとした時だった。  藤次の手が、何の迷いもなく別の階…宝飾品売り場のボタンを押す。 「と、藤次さん?!」 「なんや?女の子なんやから、好きやろ?こう言うとこ。それとも服がええんか?」 「そうじゃなくて…」 「ならええやん。ほら、来たで?」 「あの…だから…」  強引にエレベーターに押し込まれ、藤次に誘われて、絢音は宝飾品売り場へ降り立つ。 「さて、何が似合うかのぅ…姉ちゃん、この娘に似合うもん、なんか適当に見繕ってくれへん?」 「かしこまりました。ご予算は?」 「野暮言いなや。クリスマスやで?金に糸目はつけんさかい、ええもん持って来てや!」 「藤次さん!私、そんな高級なもの、いらないわ!!」 「ええからええから。お前の為に、してやりたいんや。こんな形でしか、ワシのお前への気持ち、表現できんさかい。」 「そんなの…形にしてくれなくたって、充分分かってるわ。私こそ、貴方になにも、なにも伝えきれてない。」 「ワシはええんや。お前さえ側におってくれて、側で…笑ってくれとったら、それでええんや。」 「藤次さん…」 「こんな所で何言わすねん。阿保…」  ピンとおでこを弾かれ、顔を赤らめる藤次につられて赤くなっていると、目の前に煌びやかな宝飾品が並べられる。 「こちらのイヤリングなど、いかがでしょう?」 「ふむ…」  頷き、藤次は店員に差し出された、小粒のダイヤが縦に連なるイヤリングを、絢音の顔の横に持って行く。 「肌白いから、地味に感じるな。色付きの石のやつは、ないのん?」 「でしたら、ブルーサファイアなど、いかがでしょう?お洋服も青ですし…」 「無難っちゃ無難やな?せやけど…」  そう言って顎に手を当て思案した後、藤次は絢音を見やる。 「ちょっと席、外してくれへんか?一緒に選びたかったんやけど、やっぱり…びっくりさせたい。」 「えっ…そりゃあ、良いけど?じゃあ、私も藤次さんのプレゼント選んでくる。でも、くれぐれも高いものは…」 「分かってる。ほんなら1時間後に、3階の喫茶店で待ち合わせしよ。場所、分かるか?」 「うん…」 「じゃあ、後で…」 「ん。」  急な藤次の態度を不思議に思いながらも、絢音は宝飾品売り場を後にする。  その姿を見送ったあと、藤次は照れ臭そうに、目の前の女性店員に持ちかける。 「ワシ…あの娘と結婚したいんや。せやけどまだ、プロポーズしてないから、ダイヤ以外で、なんかそう言う、愛情伝えられそうなもん、ないか?」  その言葉に、店員は一瞬瞬いたが、やや待って店の奥から、とある宝飾品を持ってくる。 「では、こちらはいかがでしょう…パパラチアサファイアでございます。宝石言葉など、丁度よろしいかと…」 「へぇ、そんなんあるんや。意味は?」  藤次の問いに、店員はニコリと微笑む。 「パパラチアサファイアの宝石言葉は…」 * 「ごめんな。バタバタさして…」 「ううん。今日は楽しかった。お料理も美味しかったし…」  夜も更けて来た23時。  京都市内のホテルのラウンジのカウンターに、2人はいた。  ノンアルコールのカクテルを飲みながら絢音はそう言うと、百貨店で購入したプレゼントを、隣でウィスキーを呷る藤次に差し出す。 「プレゼント…お仕事してる時も、一緒にいたいなって思って、選んだの…」 「なんやろ。開けてええ?」 「うん。」  ラッピングを解いて箱を開けると、瀟酒なアンティーク調の彫刻が施された、シルバーのタイピン。 「相変わらず、ええ趣味やな?おおきに。大事にする。」 「うん。」 「ほんならワシも、プレゼント。気に入ってくれると、ええんやけど…」 「ありがとう…開けていい?」 「うん。」  言って、絢音も包みを解き箱を開けると、淡い紅のような朱色のような、複雑な赤い色を湛えた宝石が光る、小さなイヤリングが顔を覗かせる。 「綺麗…何て石?」 「さあ?適当に買うたから、忘れた。」 「なによそれ。ひどい。」  むくれる彼女に、藤次は優しく笑いかける。 「お前の美しさの前では、どんな宝石も霞むわ。せやから、なんでもええんや。」 「…なによ。そんな歯の浮くような台詞、どこで覚えてきたの?」 「さあな。少し酔うてきた。会計して、行くか…」 「行くって…これ以上何処に?」  その問いに、藤次はスーツの内ポケットから、一枚のカード…ルームキーを出す。 「最上階のスイート…予約してん。夜景…綺麗やで?」 「夜景…見るだけ?」 「どうやろ?お前次第…やな?」  顔を真っ赤に染めた恋人の肩を抱き、ラウンジを後にする。  エレベーターの最上階のボタンを押して乗り込むと、ガラス張りのゴンドラから、夜の京都がロマンチックに輝きを放ち、2人はうっとりとその光景を見つめながら、静かに寄り添った。  藤次が絢音に贈った、パパラチアサファイア。  その宝石言葉は… 「あなたの過去も、今も、未来も、愛している…」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加