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その神殿には、天使の石像が祀られていた。いや正式には、その像が見つかった所に人々が神殿を建て、その神殿に守られるように村を開拓したのだ。
神殿のお堂の中にいるのは白い髭の村長と老女神官、まあどちらもかくしゃくとしていたが。
外は秋雨。致命的な雨漏りがない事で、なんとかプライドを保っているお堂の屋根に、雨粒がリズミカルに打ち付けていた。
「それで、カーティア様の歌が欲しいという輩がまた来てですな」
「まあ。また、この老婆の歌が?」
「ええそうなのですよ。三枚でも書いていただければ神殿に寄付を」
そう言って、村長は指を立てて見せた。
「まあ! まあ!! そんなに?? それだけあれば、半年間は毎日パンが食べられますねぇ」
「酒もいいものが飲めるでしょうよ」
……二人の宗教では飲酒は外道の行いである。だが、老女神官の瞳は嬉しそうに輝いた。
パンと酒の事を考えて、うっとりしている神官に村長はちょっとだけ思った。
そう言うなら、少しだけ雨漏りしている神殿の屋根を直すようにお願いしてくれれば、と。
「すみません! すみません! どなたかいらっしゃいませんか?」
美しいソプラノが外から響いた。二人の老人は顔を見合わせる。
「すみません! どなたか……」
「なんでしょうか?」
立ち上がりかけた老女を村長は遮った
「カーティア様。ここは私が」
そうして、ゆっくりとお堂の扉に近づく。観音開きの扉のそばに立てかけてあった火箸を引っ掴み。
「どなたかな?」
「求道者です! テンダー神殿はここですか?」
雨音にかき消されないだけの実感を伴って、少女の声は扉の向こうから聞こえてくる。
村長は少しだけ考えた。
「ああ。そうだが、こんな夜更けに何の用か?」
「お願いがあってきました! 私に戒律を授けてください!!」
二人の老人は再び顔を見合わせた。
「開けてください」
老女神官がそういながら、やってきた。村長はしばしためらい。少しだけ扉を開けた。
「夜分遅く申し訳ありません。……やっと……着いた……」
そこに立っていたのは、なんとか服と言える程度のボロを纏った一人の少女だった。すがっていた杖を持っていることも叶わず、ずるずると崩れ落ち、神官がその少女の肩に触れる。
「大丈夫ですか?」
少女はふっと顔を上げた。
「カーティア=ミルク様? カーティア様ですか!? どうか私に戒律を! どうか……」
老神官の顔を捉えると同時に、堰を切ったように言葉が溢れ出る。神官はちょっと困った顔をしてから、村長を振り返った。村長が首を横に振るのを確かめて、少女に向き直る。
「とりあえず。こんな夜に外にいる事はないわ。中に入ってちょうだい」
「あ……はい」
「村長。お湯を淹れてもらえる? あと確か、ドライフルーツの残りが……」
「わかっております」
村長はどこか不服そうな言葉を返すと、神殿の通用口に向かった。老神官は少女を神殿の暖炉の所に招く。
「とりあえず、火に当たって。お茶を飲んだら話を聴かせてくれる?」
「は、はい」
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