今や小便天使

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 天使となってから実に800年、ジュリアンは背中の翼で世界中を飛んで巡った。行動範囲が広がり、故郷を忘れた。行く先々で、人間の恋路を手伝ったり、肉体を離れた魂を天に導いたり、天使としての務めを果たした。  あるとき、異国の天使がジュリアンに声をかける。 「もしかして、ジュリアンさん、というお名前ですか?」  その天使は、ぽかんと口を開けたジュリアンを見て「突然すみません」と、光の輪っかを差し出すように頭を下げた。  その間、その天使は、明らかにジュリアンの股間に目線を向いていた。笑いを堪えるように、小刻みに震えてもいた。  質問の意図を問いただしたジュリアンは、人間が編み出した空路を参考に、最短距離でベルギーの空まで飛んだ。雲の上だからいつも通り晴天だ。それでも10月、向かい風は身を切るような冷気を帯びていたが、彼はいっさい気に留めなかった。  ブリュッセル上空、ジュリアンは雲からわずかに顔を出し、800年越しに 故郷を覗いた。  異国の天使から聞き出した通りだった。
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