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あれは、まさか。
柵に囲われた噴水。中央には、祠をかたどったような巨大な石がそびえ立つ。
その石にもたれるように立つ、5歳児ほどの子供を模した像が、たしかにあった。
柵の周りでは、観光客らしき人間が、嬉々としてスマホで像の急所を撮影していた。
ジュリアンはカメラなどない時代を生きた。
幼少期の顔など、水たまりの中でしかまともに見た記憶がない。
それでも別人の線はない。放尿で分かる。
生半可な屈辱ではなかった。
ジュリアンの握り拳がわなわな震える。
「あんなもの、看過できるわけがない。偉人を像として祭るのは習わしだ。そのとき、一糸まとわぬ裸体で造ったり、その人物を語るに最も象徴的な年齢やポーズで再現するのも理解できる。ただ、生理現象、それも放尿姿を採用するとはいかなるものか。間抜けな絵面になると分かり切っている。〝小便小僧〟なる名前にも悪意を感じる。話題性をもたらして、見世物にする魂胆が見え見えだ。違いますか」
ジュリアンはそうまくしたて、まっすぐに伸びた人差し指で神様を指した。
「決して、あれは君を馬鹿にするために作られた像ではない。あの像を見たときの気持ちに囚われず、あの像そのものだったころの気持ち――」
「進言など、求めておりません」
思わず、怒号を放った。
首筋の動脈が、はち切れんばかりに膨らんでる感覚がした。
ジュリアンと神様の間に、傍観していた天使たちが割って入った。
それでも血の気は引かない。鼻息も鞭を打たれた馬みたいに荒い。
処罰は怖いが、屈辱が上回るのだ。
「下がってよい。もともと、爆発寸前のダイナマイトを前にしても逃げなかった男、いや男の子なのだ。ひとたび意を固めたら、何があっても引くまい。だがいくら元英雄でも、個は個だ。個の願いに、神は従えない。部分的な協力に留まる。物資は支援する。ジュリアン、下界に赴き、自力で壊すのだ」
ジュリアンにとって願ってもない展開だった。神様に全てを任せると、小便小僧をどこかに隠すだけだったり、生温い処置で終わったかもしれない。
「ありがとうございます。自らの手で、小便小僧を木っ端みじんにして参ります」
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