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噴水のある広場めがけて、ブリュッセル・エチューヴ通りの石畳を、脇目も降らず早足で歩く。
小便小僧の、破壊。
目的が明確なせいか、すっかり様変わりした街並みに目を奪われて歩みが止まることはまったくなかった。
きっと、ノスタルジーに浸るには、あまりに時間が経ちすぎているんだろう。
街が完全に面影を失ったわけではない。
ただ、そこかしこに違和感がまとわりついていて、拭えない。
現代のブリュッセルは深夜帯でも明るいし、通行人が多い。
彼は夜は寝るだけの生活を送っていた。体力の有り余る若者だって、大半は家で大人しく寝ていた時代だった。
耳が、ジョボボ、と品のない水音を捉え、さらに彼の歩みが早まる。
噴水は、交差点の一角にあった。大人の腰ほどの柵の向こう、墓石を想起する台座のうえに、全長60センチほどの僧があった。
その像には満足に照明が当たっておらず、この距離ではまだその全容は見えていない。
像の下から絶えず不快な水音が立つあたり、憎き小便小僧で間違いない。
彼は四方の道に通行人がいないことを確認すると、コートの裏ポケットからダイナマイトを取り出した。筒状の持ち手をぎゅっと握り、像の正面に回り込む。
いよいよだ。
自身の耳ではっきり聞き取れるほど、ジュリアンの胸がドクンと脈打った。
先ほどよりも近くで睨み上げた小便小僧の姿は、彼の想定と異なっていた。
裸体ではない。
裏地にオレンジが覗ける黒マントに、コック棒顔負けの縦長シルクハット。ハロウィンのシーズンに合わせた格好に着飾られている。
そして、肝心の急所は剝き出しのまま。
怒りも湧かなかった。
バカに、されつくしている。
いったい何のために、当時の僕は、身を挺してこんな街を守ったのか。
自問したジュリアンの腕がだらりと下がり、次に握り拳がするりと開いた。
つま先に当たったダイナマイトが音もなく転がり、闇に消えた。
「ねぇ! あそこじゃない?」
不意に届いた、早朝に鮮魚を売りさばくようなボリュームの声で、ジュリアンは我に返った。慌てて、道端の車に身を隠す。
「そうみたいだね」
返事の声は男のものだ。恋人だろうか。
なんとかして、彼らをやり過ごさないといけない。
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