天使の聖剣波動譚 -世界線を超えて-

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たとえ世界線を越えようとも  かつて世界を生み出した唯一神も、人類は凌駕せんとしていた。   神とその遣いである天使しか使えなかったはずの魔法を覚えだし、天界からの独立を宣言する過激派も現れた。  技術革新を繰り替えした過激派グループは神や天使の預言を無視する、反教会的勢力となって跋扈。ついには、大陸の辺境に自らの軍隊を構え、頭目は『魔導の帝王』をなのり独立した。“魔王”という俗称で呼ばれた彼は、遂に天界を超えるべく天使たちを攻撃、討伐を企むまでになっている。  事態を重く見た天使たちの導きの下、各地から選ばれし勇者達が結党して魔境へと乗り込んでいった。今や前線は国王軍と天使に誘われた勇者の党によって激しく押し上げられている。  そして今、遂に迎えた決戦の地に僕達はいた。 「――っぐ、側近共は他の勇者たちが引き付けてるっていうから楽勝かと思ったけど、意外と一人でも強いじゃない、魔王様ったら……!」  魔導士セレナは膝をつきながら、荒く息をついていた。天使の洗礼を受けて僕達の党に仲間入りした元魔王軍の腕利きの使い手。彼女にとっても、魔王個人の実力は想定以上だったらしい。 「とにかく、みんな左右に散開してくださいっ。固まっていると、確かに互いのスキルで守り合うのには適していますが、魔王の固有魔法の威力が高すぎます。密集は避けて!」  回復術を唱えつつ、戦型を支持しているのは聖者フェクトーン。王国直轄の教会に在籍している聖者であり、僕と天使を仲介してくれた中でもある。 「聖なる水を 白き清き水よ 我が敵を射よ――『』!!」  勇者が握る聖剣の刀身からにじみ出るオーラが一際大きくなると、先端から勢いよく聖水が射出された。聖なる力が詰まっていると表すように、白く輝く液体が魔王の体を直撃した。 「ぐぅうう」  魔王によって人工的に生み出された魔力によって生み出された結界は、呑み込んだ空間にある天界からもたらされたマナを破壊してしまう。 これは天使から授かった力による僕の魔法『射聖』によって狙撃しなければ破壊できない。どころか、どんどん巨大化して世界それ自体を呑み込んでしまう。 「大丈夫か、みんな」 「大丈夫、と言いたいとこだけど……やばいかもしれねぇ」  彼がパーティメンバー最年長、スローソンだ。元々は単なる傭兵上りだったが、僕らの評判を聞きつけると彼個人の信念と義侠心だけで、この最終決戦までついて来てくれた男。つき従わなければいけない事情もないのに、得意の砲兵術と格闘術で『マナ』が薄い最深部まで戦いを共にしてくれた。 「助かりますよ。聖者である私のスキルは、魔境だと発動するのがやっとですからね」 「構うことはねぇ。ヤクザ者の傭兵にとっちゃ最高の死に場所よ。喋ってると、次が来るぞ! 離れろ!!」  自慢の移動式遊撃砲を構え直すと再び魔王への砲撃を開始。  言っている間もなく、魔王の反撃魔法が飛んできた。赤黒く不気味に光る先行が空から降り注ぎ、地面を隕石のようにえぐってゆく。 「ゆ、勇者さまっ」  フェクトーンが慌てて手を伸ばす。 ――万事休すか……。  そう覚悟を決めかけた僕を、温かい光が包み込んだ。 「――もう、先走りは辞めてくださいね。加護も容易ではないのですから」 「済まない……助けられてばかりだな」  防御呪文を唱えてくれたのは、天使エルレンジア。  天界から舞い降りた神の眷属。天からの使いにして、この冒険を導いてくれた存在だ。見た目は不愛想で鉄面皮な少女だが、れっきとした天界の力を誇る天使である。  茅葺屋根の下で生まれ育った僕に『勇者の証文』を授け、冒険を許可する報酬として魔王軍がまき散らした瘴気に犯されている両親の病を治してくれた。 「何を言っているんですか  天使の力と人間の力――二つが真にかけ合わさって生み出される力でないと魔王が生み出す瘴気に満ちた結界を破ることはできない。 「へぇぇ。お熱いじゃない、二人とも」 「よしてください。私と勇者様は、あくまで天命によりつき従っているに過ぎません」 「んもう。素直じゃないんだから」  セレナの軽口で、少し緊張がほぐれる。とにかく張りつめる圧力で、いつ体力が尽きてもおかしくない。  だが、それは敵も同じ。  魔王の顔にも疲れが見えている。 「木端の如き軽い虫けらが良くも手間を取らせてくれる」 「一人ひとりは小さいかもしれない……だが、僕達には絆がある。空よりも大きく広がって、鋼よりも固い絆、お前にはない武器で結ばれた僕達で、お前を取り囲んで抑え込んてみせるさ……!」 「笑わせる。そんなもの刹那的な錯覚に過ぎん……目で見え、耳で聞き、肌で触れ合った物事を何か特別な存在だと思い込んでいるだけのこと」  指先を動かしながら、まがまがしい魔力の塊である弾丸を連射してくる。そいつを飛び回って躱しながら、飛び掛かって一閃――魔王の腹を切りつけた。 「ほう、やるではないか。宴会の余興に演武を舞わせてやってもよい太刀筋よ」 「浅かったか……!」 すぐさま二の太刀、三の太刀を浴びせるが寸前で交わされ、反撃の光弾が飛んで来る。 「随分とバフがかかっているようだな。催眠にかけられているかのごとし。だが、その絆。目で見えず、耳で聞こえず、指で触れることもかなわなければ、もう手の出しようはない。貴様の絆も断たれるであろう――」  足元を連続で射撃され、完全に体制が崩されてしまった。  そこへ―― 「遺言は済んだか」  近距離に迫っていたスローソンの砲撃が飛ぶ。 「助かったよ」  互いの拳を突き合わせる。いくつものマメが潰れたスローソンの手は痛々しくも力強い。 「まさかと思うが、奴の演説ごっこで動揺なんぞしてなかろうな」 「まさか。むしろ頭の中が整理されてるよ」  にやりと笑った。 「それでいい。そのままでいいんだ。お前は周りに流されてたらダメなんだよ お前の正義漢は誰よりも強いんだから――伏せろッッ」  その合図で地面に頭をつけると、フェクトーンの技で回復していたセレナが唱えた渾身の魔法が、強大な火焔の竜巻が魔王めがけて放たれた。 「おのれ、小癪っ」  魔王が炎の中に囚われて呻いた瞬間。  翼を広げたエルレンジアがハヤブサの様に滑空しながら、僕を抱きかかえた。 「終わらせてくださいっ……今、ここで」 「あぁ、わかってる……!!」  二人でタイミングを合わせると、魔王の頭上で、急転直下。 「いくぞ……!」  ものすごい速度で地面が目の前に迫る中、柄を強く握りしめた。 「父上、母上、今こそ……!!」  エルレンジアの翼が空を切り、僕の剣が魔王を頭から切り裂いた。 「ぐぁああ!」  今度こそ致命傷。どす黒い血を噴き出しながら、魔王は地面に倒れ込んだ。 「さすが、勇者と称されるだけの器よ。己が身など、己が人生の幸福などに興味がないというわけか」 「当然……それが天使と共に神に報いる戦士の務めだ!」  目の前で魔王の呼吸が弱っているのが分かる。しかし、魔王が張った結界の拡張が止まる気配はない。 「それより、結界を……! この結界を止めて、世界を侵略を止めるんだ!」 「ふっ……無理な相談だな……もはやコイツは歴代の魔王が手を加え続け、勝手に世界を呑み込もうとする完全自律式の呪い……。お前しか抑えられんよ……。それでも、完全に止めることは出来ないだろうがな。ほれ、こうして話し込んでいる間にも、一人。また、一人……人間や天使を呑み込んで、瘴気で犯していくぞ……」 「ふざけるなっ、止めて見せるさ……僕達の持つ絆の力で……!!」 「では、それを……最後まで確かめるとしようか……」  すると、魔王の体に怪しげな光が集まってゆく。 「勇者よ……目で見えず、耳で聞こえず、指で触れることもかなわなければ、もう手の出しようはない。貴様の絆も断たれるであろう」  魔導士セレナが動転した声を出す。 「まって、このままじゃ――」  同時にフェクトーンも、血相を変えて飛び出している。スローソンも何やら大声で退避を呼び掛けている。 「まずい――」  咄嗟だった。 魔王の置き土産か。空間属性の呪文が散開する前に、抱え込むように飛び出した僕一人を直撃した。  瞬間、僕は意識を失った。  *** 「――う……う……」  目を覚ました時、僕は見覚えがない寝台に寝かされていた。  どうやら、戦いの後で病院に担ぎ込まれたらしい。誰が魔境の最深部で倒れた僕を回収できたのだろうか。目をこすりながら見渡す限り、使い慣れている王国直轄の病院ではない。 王国の領内から離れた魔境まで進軍していたせいだろうか。もしかしたら同盟国の医療班が経営しているキャンプかもしれない。  逡巡している時、巡回していた治療班員らしき女と目が合った。驚いた顔をした彼女は背を向けると足早に去っていく。 「はい、そうです。ええ。405病棟の患者さん、目を覚まされて――」  どうやら上長に報告しているらしい。  聞きなれない発音だったが、使用している言語は自分たちと同じである。一体どこだ。どこの街だ。ここは、一体どこの国家が運営している病棟だ……。 第一、 ここには自分一人なのか。  いや、魔王は自分に対して意味ありげな言葉を放っていたはずだ。 ――目で見えず、耳で聞こえず、指で触れることもかなわなければ、もう手の出しようはない。貴様の絆も断たれるであろう――  奴め、自分をパーティメンバーと空間魔法で引きはがして分裂を狙ったというわけか。皆は無事なのか。僕が使える『射聖』がなければ、魔王の波動に対抗できない。  動揺しながら自分の体を見て驚いた。 「な、なんだ、コレは……!」  緩い。緩み切っている。  険しい冒険と厳しい日々の訓練によって鍛え上げ、研ぎ澄ましたハズの肉体が、見る影もない程に肥えて弛んだ体になっている。でっぷりと出た腹の内には腹筋の影もなく、寝台へ投げ出されたふくらはぎには皮と脂肪が垂れるのみ。  思わず抱えた頭には、父親譲りの赤髪が生えているはずだった。しかし、無造作に長く伸びた髪が随分と薄く映えているばかり。 「こ、これって……」  ――転生術。  異世界転生、とは度々耳にしたことがある。かつては魔王の軍勢に対抗するため異世界に住む者の魂を呼び寄せて、手勢に加えたこともあったらしい。だが現在は禁術として魔導界では禁止されている。もっとも、あの魔王が魔導界の掟など守ろうはずもない。  奴は恐らく、僕に転生の術をかけたにちがいない。 「道理で、ここまで姿形が異なるわけだ……」  一人の女性が入って来た。年の頃は六十代か七十代ぐらいに見える。 「起きたの?   酷く憔悴し不機嫌そう 「ねぇ、なんなの? 二十四にもなってそうやってだらしない生活してさぁ、言ったじゃん、私もう面倒みたくないよって、言ったよね? ねぇ、なんでなの、なんでそうやって私に迷惑ばっかりかけるの?」  呆気にとられるばかりだ。この人物は、どうやらこの肉体の持ち主の母親らしい。にも拘らず、病に侵された肉親に呆れや蔑み、怒りなど負の感情に満ちた声を投げつけてくる。  とんでもない世界に転生させられてしまったかもしれない、と絶望仕掛けた時だ。 『――聞こえてますか、勇者殿』 「え、エルレンジアッ!?」  見知った声が脳裏に響いて、心の底から安堵した。 「え、なに?ねぇ、どうしたの?病気、治ったんじゃないの?」  目の前にいる女が苛立った声を上げて耳障りだが、エルレンジアの声が確かに聞こえる。 「あぁ、聞こえているぞエルレンジア。どうやらマズい状態になった。転生させられているらしい。自分がどこにいるかわからないんだ……!」 『そのようですね……こちらも混乱状態で』 「そうだ、そっちはどうなってるんだ。魔王との戦闘は? 奴は、僕の攻撃で仕留められたのか?」 『はい。さすが勇者様と述べる他ありません。しかし、残念ながら……。魔王が発動した結界呪文が拡張し続けていて……勇者様が消えたため、抑える術が我々には残されていないのです……それに……』  そこで、声が途切れてしまう。 「どうした、声が……無事なのか、エルレンジア?」 『――すみません、無事です。私は何とか大丈夫です……! でも、通信が途切れそうなんです。そちらは我々の世界と違って非常にマナが薄いのです』 「僕も感じてる。スキルの一つだって発動できないんだ……」 『せめて、そちらの世界におけるマナを少しでも接種してください。現地の人間に協力を……』 「わ、わかった」  慌てて力の源を求めると、先刻の女が再び声を荒げた。 「ちょっと気持ち悪いよ、なんで一人で喋ってるの!?」 なにやら見慣れぬ者を出された。こちらの世界の食料品らしい。転生前の、この肉体が好んでいたというソレは『エナジードリンク』『カップラーメン』と言われる食糧のようだ。 『ありがとうございます。勇者様の体内にある 増えたおかげで、送信しやすくなりました』 「まいったな。 これを一々調達しなくてはいけないなんて」 『あなたが送り込んでくれる『波動』がなければ 「 『お願いします。少しでも『波動』を 』 「『射聖』はどうだ そっちまで届くか」 『』 「わかった、待ってろ!」  急いで自分の聖剣を構えた。 『せめてもの、私の想いを受け取ってください――』  すると、肩をエルレンジアの指先で撫でられている感触を覚えた。 「おい、お前、これは……」 『申し訳ありません。私がそちらに転移することは天使の力をもってしても不可能です。ですが――』  感じる。確かに、エルレンジアの冷たく滑らかな肌の感触が、今自分の首筋をなぞっている。 『せめてもの念は送ることが出来ます。ですから――』 「あぁ……わかっている」  触れた者に聖なる力を与える天使の御業。  聖剣の内側を聖なる想念がドクドクと滾り、漲ってゆくのを感じる。ビリビリとした痺れは、確かに元いた世界で魔力が充足した時の心地よい張りつめ方だ。 「ちょっとこっちの世界の住民に 『も、申し訳ございません。目立たせることがあっては』 「やめてくれよ。本当の世界を守るためなんだ。これくらい……!!」 未開の世界では余程に奇異な行為だったのか、激高された。 「もぉおう、いいかげんにしてよぉおお……」  女は、この病院の医者らしき人物に宥められていたが、まるで叱られた悪ガキ。特に反論をするでもないが、いじけたように目を伏せて全く話を聞く素振りがない。  しばらくして「意識は戻ったわけで」として自宅とやらに送還された。  道中で問いただしたところによるよ、この肉体の持ち主は事故に遭って意識を失っていたらしい。どうも元々素行が良い方ではなく、自室に籠りきりの人間だったそうだ。 「なんで自分のこともわからないんだろうねぇ。あんたはさぁあ」  もっとも、こんなに感情的で嫌悪感を剥きだしに接してくる者が母親として近くにいたら、ゆがむのも仕方がない話だ。魔王軍に従軍志願した者の中にも、親の人格に恵まれず歪んでしまった人間は多かった。納得できない話ではない。    そうして家に到着した時。絶句するしかない。小さな 汚く 無駄に者が多い。 母を僭称する女は「普通なら息子から仕送りとかもらえるんだよ」「あの人(夫のことらしい)の働かなくちゃいけないんだから」と当たり前のことを叫んでばかり。 人間が働くのは当たり前だ。僕の母上は毎日牛飼いとして汗を流しながら、僕らの面倒を見てくれた。それを辛いと言ったことはない。 だからこそ、僕は母上を助けるために魔王討伐を果たした後は静かな生活を送ってほしかったのに。 「いい年して病気とかしてさぁ、バカじゃないの? 病気って言うのは日ごろの行いが割るからなるんだよ? わかりますかぁ?」 厭味ったらしい言葉を使う醜い女が母親である訳がない。自分の脳裏にははっきりと、誰よりも気高く美しく、優しかった母上の姿が残っている。 「ねぇ、アンタからも何か言ってやってよ」 「なにがだぁ? こんな病人になんか言ったってしょうないだろぉう?」 「もうさぁ、嫌なんだよぉ、面倒みるばっかりでさぁ……お金があればヘルパーさんとか頼めるのに、それもできないじゃん!」 「しゅみましぇんねぇ。少ない給料で」  この夫婦の会話を見て、呆気にとられるとはこの事か、と途方に暮れた。  ――なんなんだ、この口の利き方は……。 この家ときたら、父親だって困り者だ。こんなに肥え太り脂ぎった卑屈な男が父の立場を騙るとは。俺の父上は確かに此の男と同様に貧しい家の人だった。しかし、貧乏で誇りを失う人ではなかった。いつだって神々への祈りを欠かさず、俺や俺の妹、弟達に愛情を注いでくれる人だった。貧乏を理由に卑屈になっている男とは違う。  その時だ。 『――あぁあ』  はっきりと、鼓膜を揺さぶられる。エルレンジアの悲鳴が聞こえた。 「だ、大丈夫か 『すみません……瘴気の濃度が、上がっていて……セレナさんが対抗魔法を唱えて除染を試みているのですが……結果が、芳しくなくって……』  慌てて状況を確認するが、周りの二人が邪魔でしかたがない。 「ねぇ、なんなの、この独り言!」 「しょうがねぇんじゃねぇの。錯乱してるって言ってたし」  こんな者達に関わってる暇はない。今すぐ世界を救わないと―― 「まってろ、今そっちに波動を送るから!」 『天使として、不甲斐ないです……あなたを護れなくて……』 「そんなことはない! 今まで、何回も守ってくれたじゃないか!」  急いで自分の聖剣を解放すると、強く柄を握りしめて元いた世界へ波動を送るために切っ先へエネルギーを充足させて力強くふるった。  両親を騙る者達は『聖剣とかいって毎日ずっと自分の……自分の……弄ってるんです』と、ヒステリックになりすぎて呂律が回っていない。  知ったことか。知るわけがない。僕には、本物の家族がいるんだ。  だからまた、波動を必死に送り込む。 「ねぇええええええもぉおおおおおおおおやめてぇええええええええええええ!」  顔を真っ赤に腫らして泣き叫ぶ。 「親の言うことも聞けないで 味方の親の言うことも聞けないのにさぁああ」 「大きい声出してもしょうがないでしょぉお? 病人だぞぅ、相手はぁぁ」 ――目で見えず 耳で聞こえず 指で触れることも叶わなければ、貴様の絆も断てるであろう……  魔王め。言ってくれたな。確かに、この状況は少しばかり響く。 「負けないぞ」  そうだ。勇者の心は困難で折れてはならない――そう、父上や母上は言い残して僕を冒険に送り出してくれたんだ。 ――お前は周りに流されてたらダメなんだよ お前の正義漢は誰よりも強いんだから――  だよな、スローソン。 『勇者様、もう無理をなさらないでください……もう新しい人生を始めることだって……』  消え入りそうな声だ。 「何を言っているんだ……僕が波動を送るのを止めたら、僕達の世界が結界に飲み込まれて……」 『それに反論できない自分の無力さに耐えられません……』 「やめてくれ。エルレンジアの声が聞こえることだけが救いだよ」 『そんな……救いだなんて……』 「いつか、元いた世界に戻ってみせるからね……!」 『えぇ。待ってます……いつまでも……いつまでも……何十年後になってからでも、大丈夫ですから……』 「老人になってるかもしれないけど、故郷の土を踏んでみせるさ……」  だから彼は今日も聖なる波動を捧げ続ける。病人だと誹謗中傷されながら、折れない心で自分の信じる正義に従う。  魔王が残した呪いによる侵略は、少しの絶え間だって与えやしない。  エナジーを補充しなくてはならない  怠れば、エルレンジアの悲鳴が聞こえる。エルレンジア以外の仲間たちは、今も聞こえない悲鳴を上げているかもしれないんだ。  彼自身にしか感じる事が出来なくなった世界を救うために。
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