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1.
「レティシアは私の妻です。誰にも渡さないし、離縁は絶対にしない……! お引き取りを」
「レティシア、こんな甲斐性のない男と別れて俺を選べよ。帝国では、お前の望む物を望むだけ与えてやる」
(私が欲しいものは心の平穏と、のんびりライフなのですがああああああああ!! なんでこうなったの!?)
時は遡り、早朝魔法都市駅ホーム内。
私と元将軍であり現在離婚保留中の旦那様、セルジュ様と一緒に行動をしていた。
「(予定とは違うけれど)着いた、魔法都市!」
「(レティシアが可愛い。可愛すぎる)そうですね。では手続きをしてから、お昼にしましょうか」
「はい」
セルジュ様は私のトランクを持って、しれっと手を繋いできた。側からみたら紳士的かつ、素晴らしい対応に見えるでしょうね。でも実際は、私が隙を見て一人行動しないためトランクという人質を取り、手を繋いで見失わないようにしている。くっ、相変わらずの策士だわ。
「列車の中だったから一人での行動にも目を瞑ったけれど、魔法都市は人混みも多いし、レティシアは可愛いからね、攫われないように私の傍を離れたら駄目だよ」
「そんなことはないんじゃ……」
ちゅっ、と頬にキスをする。またしてもサラッとした!?
黄色い声と凄まじい視線を感じて周囲を見渡すと、目がハートの女性陣が……。なんだろうすっごくデジャブ。確かに今ここで一人になったら、女性陣の誰かに刺されかねない。実際に暗殺者まで雇って、将軍の妻を殺そうとしたのだから楽観視はできないわ。
「……最初から波瀾万丈そう」
「しょんぼりするレティシアも可愛いですね」
「ちょっと黙って……」
セルジュ様は黙ってくれたけれど、私をギュッと抱きしめる。
(うん、逆効果。そしてなんで周囲の女性陣を煽るような発言を……って、あれ? なんだか青い顔をしてみんな去って行く。え、どうして? セルジュ様がなにかした?)
セルジュ様の顔を覗き込むと?待っていましたとばかりに、唇が重なる。
「──っ!?」
「レティシア、愛しています」
蕩けるような甘い声に、とびきりの笑顔。
公共の場でなんてことを……。本当に自由だし、言動がいちいち軽すぎる。早くも魔法都市で平穏な生活は難しい気がしてきた。
普通なら夫婦仲良く引っ越し先に向かう状態なのだけれど、私とセルジュ様との関係はちょっと複雑だったりする。
元々両家同士が勝手に婚姻話をまとめたため、私とセルジュ様は一度も会うことなく結婚。そして五年間一度もお会いする機会はなく、お飾りの妻だった。
私は実家の借金を返すため奮闘し、返済後は両親と絶縁、セルジュ様とも離縁するつもりだった。
「五年間、一度も会ったことのない将軍のお飾りの妻」と社交界で散々陰口を叩かれて、義実家では商会の従業員として馬車馬のように働き、両親は常に金の無心。「やってられるか!」と全てを放り出して逃げる道を選んだのは色々限界だったし、借金も返し終わるからでもあった。
英雄となったセルジュ様と離縁するつもりで手紙を送り、同時に王都から魔法都市に逃亡──のはずが失敗。
ストーカー気質のセルジュ様に捕まり、いろいろすれ違いや誤解などもあり、思っていた以上に愛されていて(?)最終的に離縁は保留。魔法都市で一緒に暮らしながら、魔法使いを目指すことになったのだ。
「(……なんだろう、思い返したら、本当にこの選択肢でよかったのかしら? 若干不安になってきたような?)うーん」
そんなことを思いつつもホームを出てすぐ傍の役場で、引っ越し諸々の手続きを済ませる。セルジュ様が事前に書類を郵送していたらしく、私の用意した紙は使わずにトントン拍子で手続きは済んだ。
結局、用意していた離縁届の出番はなく、手続きは完了。時計の針は十二時過ぎと少しお昼を過ぎたぐらいで終わってくれた。
「セルジュ様のおかげで、手続きがすごく早く感じました!」
「そうですか?」
「はい。私の場合は確認や手続きとか言われて、結構待たされることが多くて……」
セルジュ様はにこやかに笑っているけれど、スッと目に仄暗い色が帯びた。
「なるほど。……もう王都の役場を利用することはないですが、一度きちんと苦情を入れておきますね」
「あ、……はい」
時々スイッチが入ったかのように、セルジュ様の雰囲気が変わる時がある。両親や義実家、使用人にまでキッチリ制裁してきたと言うのだから、敵に回したらいけない部類の人だと思う。素早く伝言鳥を何処かに飛ばしていたし、深く聞くのが怖いので見なかったことにした。
「さて。お昼ですが魔法都市は海も近くにありますから、魚介もとても美味しいですよ」
「……新鮮なお魚!!(もしかして海老フライもあるのかな?)」
「(目を輝かせてなんて、可愛いんだろう)シュリンプなら美味しい店があるのを知っているよ」
(何も言っていないのに、ピンポイントで当ててくるの!? 怖っ!)
もういろいろ考え込んだら迷宮入りしそうなので、セルジュ様は千里眼を持っているのだからしょうがない、と思うことにした。
「(また面白いことを考えていそうですね。私が千里眼を持っているとか──まあ、そんな能力なんてないのだけれど。私がレティシアの心がわかるのは、君の言動を注意深く見ているから、一つでも多く君の仕草を見逃したくない。五年間、会えなかった分を取り戻さないと)千里眼はないけれど、レティシアのことなら大体のことは分かるかな」
「ひゅっ……心を読まないでください!」
「今の顔も新鮮で可愛い。愛しています」
(人の話を全然聞いてない! そして付き纏う犯罪臭……! そのうち語尾がアイシテイルになるんじゃ?)
ちなみに約数十時間前に「初めまして」をした旦那様──セルジュ様は、私が五年間欠かさずに手紙(近況と借金返済額の報告)と贈物という名の試作品を送っていたことに対して、何故か高く評価している。美談にしようとするので、とても心苦しい。
セルジュ様の脳内では五年間待ち続けてくれた献身的な妻と、とんでもなく都合の良い聖母みたいな人物像が出来上がっている。ダレダソレ、間違っても私ではないわ。そんな仏様、聖母様って実際にいるのかしら?
離縁……と思いつつも、私のために将軍になって生活を裕福にしたいとか、暗殺者から守ってくれて、私がなんの気無しに送った物を後生大事にしているのを聞いていると、情が移るわけで。
あと最初は動揺していたから、気に留めていなかったけれど、セルジュ様の甲冑姿は正直言って格好良かった。素晴らしい。
前世では騎士の甲冑や武将が好きだったので、初対面ではそれどころじゃなかったけれど、もっと堪能しておけば良かったかも。
「ん?」
「どうかしましたか、レティシア?」
「そういえばセルジュ様って荷物がないように見えるのですが……。甲冑や着替えとかはどうしたのです?」
手荷物は私のトランク一つだけだ。セルジュ様は「ああ! これは見せたほうが早いですね」とトランクを持ち上げた瞬間。トランクが別空間に吸い込まれしまった。あっという間の出来事に数秒ほど固まった後、アレがなんだったのか気づく。
「もしかして今のって、亜空間収納魔導具ですか!? 初めて見ました!」
「ぐいぐいくるレティシアが可愛すぎる。ついでに抱きしめても?」
「セルジュ様、どうなのですか?」
「レティシアからキスを──」
「私からキスしたら教えるとか強要するなら、離──」
「ご推察の通り、収納空間魔導具の一つです。私の場合は腕輪型ですが、レティシアも欲しいのならお揃いで買いますか?」
「え。いいのですか!?」
「(あー、魔法関係の話をしている時は懐いた猫みたいに可愛い)もちろんですよ。私たちは夫婦なのですから」
(夫婦……。お揃いの物か)
魔導具の中でも空間魔法を応用した収納空間魔導具は、各国でも大人気商品だったりする。元々魔導具第一主義のアルマダ小国が考えた魔導具だ。魔導具の原料となる魔鉱石は、リオルネ王国でしか手に入らない鉱物のため、友好国として国交を開いていたのだけれど、アルマダ小国の王太子が「交渉するよりも魔導具の武器を大量に作って、リオルネ王国の領地を奪えば良い。後には帝国もいる怖いものなどない」とか言い出したという。
本来なら周囲が止めるのだが、最悪なことにその王太子は第一級禁止魔導具を持っていたため、止めることができなかった。終戦に五年もかかったのは、背後に帝国も控えていたこと、そしてアルマダ小国の王太子が愚かにも第一級禁止指定魔導具、悪夢を全解放してしまい、国民全員が強い洗脳状態で解除できなくなってしまったからでもあった。
洗脳された国民たちは、自国民以外の人間は全て化け物と認識したため、交渉すら絶たれてしまった。
最悪の戦場。
セルジュ様を含めた兵士は化物扱いされながらも、最初の一年は最小限の犠牲で、解呪する方法を模索していたという。それができなくなってしまったのは、洗脳状態の悪化と、無差別に暴れ回りリオルネ王国の集落に被害が出てしまったからだ。
『……手紙と贈り物を欠かさずに贈ってくれたことがキッカケです。毎日、他国の人間との殺し合いで疲弊していくのは、体力以上に精神が摩耗していきます。何かを糧にしないと、あんな地獄に長年足を付けていられない。……レティシア、貴女からの贈り物はいつも日常的で、何処にでもありふれた素朴なものでしたが、だからこそ心が折れることも、歪むこともなく、有り体に言って救われました』
話を聞くだけでも酷い戦いだった。最前線にいたセルジュ様の心が歪まなくて良かったと思う。手を繋いだ時も思ったのだけれど、指先は男の人って感じで皮膚が厚くて、よく見ると刀傷の痕が薄らとあった。
出会い方はアレだったけれど、やっぱりこの人は英雄で、将軍で……大魔法使いの称号を持っていて、ストーカー気質でちょっとズレているけど、私の旦那様なのよね。
手をにぎにぎしながら労っていると、セルジュ様の頬がほんのりと赤く、目を細めていた。
「レティシアが積極的になってくれて嬉しいです。キスでも添い寝でも、膝の上でも幾らでも言ってくださいね」
「(期待の眼差しの圧がすごい)まずは、ご飯を食べてからです」
そう言って腕を引っ張って歩き出す。セルジュ様はそれが嬉しかったのか、終始照れていた。恋愛に関しては、もしかしたら若葉マークなのかもしれない。でも女性経験とかなんかこなれている気がしなくもないような気がする。
数秒ほど考えたけれど、すぐに魔法都市の町並みに心を奪われる。
「わあ!」
硝子張りの飾り窓には様々な商品があった。王都では大抵ドレスや宝石なのだけれど、さすがは魔法都市。魔法薬に杖、箒に鍋、魔法関係の本屋、服もドレスよりはローブや魔法礼装などの軍服のような格好いいデザインの服がある。
焦げ茶の石畳に、木炭色の建造物などいかにもファンタジーっぽい外観で、心の中で盛大な拍手喝采を送った。箒や鍋、絨毯に乗って空を飛ぶ姿も想像した通りだ。
「わあ。セルジュ様、セルジュ様! 凄いですよ」
「うん。目をキラキラさせるレティシアが一番可愛いな。ギュッと抱きしめたい。愛しています」
「あ。時計台があります! すごい。近くで見ても?」
「ぴょんぴょん跳ねて、そのままの勢いで私にギュッと抱きついても良いですからね」
自分の欲求に正直なセルジュ様をスルーして、時計台の近くに着くと、待ち合わせをしている人たちが利用しているのか、結構な人が居た。元の世界で最古と呼ばれるスイスの時計塔を思わせるような、いくつもの円状が重なり合った時計台が目に入った。数字以外に、古代魔法文字や星座や魔法元素など、様々な紋様と絵の組み合わさって、芸術的な美しさと荘厳さに震えた。
巨大な時計の左右には六大精霊と、四大季節神の人形が、時計の秒針に合わせてゆっくりと動いている。
「さすが魔法都市。六大精霊と、四大季節神の人形もそれぞれの属性の色や小道具を使っていて、面白いですね。あ、セルジュ様の冬魔法は氷の結晶で可愛い。私はこのどれかの魔法を使えるようになるのですね!」
「うん。この都市は特に六大精霊や四大季節神信仰に厚いし、研究も進んでいる。これからレティシアの属性もハッキリするだろうし、そうしたら属性にあった魔法知識や術式構築を覚えていこうね」
「……はぃ」
手の甲にキスをしながらも、言っていることは魔法学に携わる講師のような口調だったので、反応に困ってしまう。
(ところ構わずキスすることを嗜めたいけど、夫婦のスキンシップなら、このぐらい普通なのかも? ……言っていることは大魔法使いらしく、もっともなことだわ。反論するようなことでもないけれど……うーん、夫婦で、師弟って珍しいような。でも大魔法使い自ら教えてもらえるのは、すごいことだし……)
「返事は?」
「(こういう時、講師らしいことを言い出すのは反則だわ)……はぁい」
セルジュ様のキスは、彼の感情が揺れ動くたびにしてくる。些細なことでも喜んで、頬を染めて嬉しそうにするし、あまりにも塩対応しすぎると、子犬のように目を潤ませて泣きそうなあざとさを出す。最初は素っ気なくしていたけど、あれは離縁前提だったわけで……。
今は夫婦としてやり直そうって決めたのに、素っ気ない態度ばかりじゃダメだ。……とはいえ、いきなりセルジュ様並みのスキンシップや愛情表現は難しいので、私のペースで好きな気持ちを伝えていこう。
「セルジュ様、私──」
「やっと見つけたぞ! 運命の人!!」
私の決心に水を差した男は、唐突に真っ赤な薔薇の花束を渡そうとして来た。セルジュ様が一瞬で私を抱き上げて回避したけれど。
(え、なに!? そして誰!?)
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