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ありゃりゃのお椀
「ご家老、日ごろはお贔屓を賜りありがとうございます。しかしご家老、お顔の色艶もよろしく、いつもお元気で何よりです」
弥吉は今日も家老のご機嫌伺いにきている。
あわよくば持参した品物のうち、特に値の張るものをいくつか買ってもらおうかという魂胆が、丸見えであった。
「弥吉や、おべんちゃらはよしなさい。そういうのを見え透いた嘘といってな、昔から魂胆があるときに使う言葉と相場が決まっている」
「何をおっしゃいますか、ご家老。これは嘘でもお世辞でも。決して、そんなことはありません。あたくしが今日お持ちした品物と同じで、正真正銘の本物にございます」
「おぬし、うまいことを言うな。そういって、今日もわしにまがい物を売りつけようという腹積もりなのであろうて」
ここはある藩で家老を務める服部助左衛門の屋敷である。
白いあごひげを蓄えて、いかにも藩の重臣という趣ではあるが、最近はいくらか老いもあってか切れが見えない。だが、骨董商を営む弥吉にとっては、そこのところがすこぶるつきの得意先であった。
今までにも、まがい物といっては身もふたもないが、普通の人ならば一顧だにしないような品を、弥吉の口車に乗っていい値段で買ってくれていた。
弥吉は、内心では、先般『秀吉のしゃれこうべ』を無理に売りつけないで良かったと思っていたが、その話はおくびにも出さない。
あれは妙に古ぼけていて、確かにしゃれこうべの格好をしていた。それを神戸の商人から二十五両もの大枚をはたいて競り落としたものだ。それを家老にあわよくば百七十両で売りつけようとしたが、その日は他に買ってもらったものもあったので、あまり値も下げないで引き下がった。
それが幸いして、持ち帰って女房に見せたら、ただの木魚だと分かって驚いたものだ。
あれを家老に売りつけていたら、出入り禁止では済まず、「そこに直れ」と首が飛んでいたかもしれない。骨董などというものは、往々にしてまがい物に出くわすことがあるが、これほどのことはまれであった。
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