天使くんにはハートが見える

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天使くんにはハートが見える

「ああもうやってらんない」  カーテンも引かずに寝てしまった、そんな朝。  太陽の光を浴びて目が覚めた。  昨日の夜は会社の飲み会で。ビールで始まってワイン、ハイボール、日本酒まで飲んだことは覚えている。  ええ。しっかり覚えている。でもそのままどうやって帰ったのか覚えていない。  顔を触ってみると化粧は落ちているし、お風呂にもちゃんと入ってパジャマになっている。そこんとこは私自身のことを信用している。  でも、どうやってそういうことをやってのけたのかは覚えていない。  アルコールって怖い。  今日が土曜日で会社休みでよかった。 「あああああ」  ちょっと奇声をあげてみる。やる気が起きないことを声で表現してみる。  やる気って?  起き上がるやる気。  顔を洗うやる気。  ご飯の準備するやる気。  それから。  ──浮気していた彼氏を問い詰めるというやる気。 *  覚えている。  昨日の飲み会、始まった直後に隣の隣りに座った職場の後輩の美紀が、こそこそっと隣のこれまた後輩の清美にナイショだよ、と言いながら見せてた写真。 『彼氏できたんだ』  なーんて。きゃっきゃと喋りながらスクロールしてた写真。  覗き見していてビールを吹き出すかと思った。  だってそこに写っていたのは。  まさに私の彼の龍樹だったから。  そこで怒り出さなかった私を誰か褒めて。  そのかわりに記憶が曖昧になるくらい飲んでしまったのだけど。 「あいつさ、予定空いてないなんていつも言ってるくせに」  それは『私と遊ぶための時間は空けることができない』っていう意味だったのね。  ああ、太陽がまぶしい。  もうこのまま太陽にとかされて消えてしまいたい。 「ついでにこのムカムカの気持ち悪さも消えてしまえ」  ぐだぐだ呟き、スマホの画面をスクロールする。  昨晩おくった(らしい)龍樹へのメッセージアプリに返信はない。 既読もついていない。  最後の記憶あたりで、美紀が彼(龍樹だと思う)に連絡していてこれから彼の部屋にいくんだってものすごい幸せそうな顔で清美と喋っていた……ような気がする。  つまりはそういうことか。  私のメッセージは既読にならずに、美紀と一緒に過ごしていた、と。  つくづく龍樹も馬鹿だと思う。知らなかったとしても、まさか私の後輩と浮気するなんて。    ピンポーン  その時玄関のチャイムが鳴った。 「だれよ土曜の朝に」  いらいらしながらインターホンを覗く。宅配便っぽい帽子をかぶっている。どうやら男性。  すでに朝10時。  実家からのお米とか野菜とか、宅配便がきても文句は言えない時間帯。でも誰でもいいから文句も言いたくなる。  だって、私はすっぴんでパジャマで。おまけに彼に浮気されて。 「サイアクじゃん、私」  独りごちながら髪をさっとシュシュでくくった。  もうパジャマは許して欲しい。お父さんお母さんごめんなさい。嫁入り前の娘がこんなかっこで人前にでてごめんなさい。    ピンポーンピンポーン  連続のピンポンが鳴って、私は急いで玄関に向かう。  二重ロックは外さずに、そっと扉をあけてみる。  ほんの10センチの隙間から帽子の人が帽子をとるのがみえた。  ニコリと笑ってくる。  ──ん? 「おねえさん、あけてよ」 「……宅配便?」 「まあそんなところ」  ……怪しすぎる。そうだ。 「荷物の宛先と差出人教えて?」 「えっと、金沢のお父さんお母さんから三谷結愛さんへ」  ……あれ? 本物? 「あれ? でもおにいさんの顔どっかで」  宅配便さんに知り合いはいないし。  でもどこかで会ったような、会ってないような。 「おねえさん、覚えてないの? 昨日、あんなに仲良くしたのに」 「は?」 「彼氏と後輩に浮気されて飲み潰れちゃった三谷結愛さん、でしょ?」 「はああ?」  間違ってない、ような気もするけどなんで? なんでそんなことを知ってるの? 私はじいっと穴があくほど目の前の宅配便男子の顔を見つめた。  昨日のアルコールと一緒にぐっちゃぐちゃに混ざってしまった記憶を呼び起こす。  呼び、おこして……。 『おねえさん、飲み過ぎだよ』 『へーきってばへーき』 『平気じゃないよ、そのぐでぐで』 『いーのいーのへーき、おにいさんおくって』  ……うわあああ!  顔から血の気がさああああっと引いていく気がしていた。 * 「ごめんなさい、10分待って」 「いいよ」  のんびりとした声で私に応えたおにいさん。  私は速攻で支度を整える。  いまさら感がものすごいけど、いまさらだけどだめだ。  すっぴんの髪ぼさぼさのパジャマはだめだ。  さっきまでやる気のでない朝だったのに、突然に覚醒した感じ。  でも仕方ない。 『もーう、おねえさん住所。住所言ってよ送るから』 『だってしょうがないじゃないのー。たつきがこないしきどくにもなんないしー。みんないつのまにかにじかいとかどっかきえちゃったしー。わたしはひとりぼっちだしー』  うわわわわ。  顔や髪を整えながらいろいろとよみがえってくる記憶をぶんぶん頭を振って外へ外へと追いやっていく。  最後にパジャマから服をかえて、部屋を綺麗にする。  下に落ちている雑誌や鞄や昨日の服をどんどんクローゼットに押し込む。 「おねえさん、10分たったよー」  呑気な声がした。  私は大きくため息をついて、よし、と気合いをいれた。 * 「昨日は大変なご迷惑をおかけしました。本当になんとお礼を申し上げたらよいのか」 「ああいいよ、俺、おねえさんに決めたから」 「……えっとそれは何かのキャッチのカモとかサギとかそういう類いの……?」 「ぶはっ」  平身低頭していて顔もろくに見えないけれど、盛大に吹き出す音で私は顔をあげた。  おにいさんは顔を手のひらで覆って肩をふるわせていた。 「だってかなりのご迷惑を」 「まあ迷惑は迷惑だったけど。ほらおねえさんキレイだし。ハートの片割れが見えてるし。これからおねえさんと一緒にいようと思って」 「はああ?」  ちょっと展開がよくわからない。 *  ねえ、信じる?  この男の子。天使みたいな顔をして、本当に天使だって言うの。  ──ねえ、信じる……わけないよね?  でも。天使くんは何故かお見通しのよう。 「おねえさんは三谷結愛さん。実家は金沢。お父さんとお母さんと妹が三人で暮らしてて、最近金沢に帰っておいでって連絡が頻繁にくる。結愛さんは彼がいてでも昨日振られたんだっけ? あ、じゃあちょうどいい、僕がこの家に住むよ。彼がいないなら他の男が住んだっていいよね? それとも実家に帰っちゃう?」 「ちょっと待ってまだ振られてない……ような気がするけど振られたような気もするけどでも! 実家には帰らないし他の男の子を住まわせる理由にはなんない!」 「なんで? 僕、天使だよ? ハートの片割れだよ? いいことあるよ?」 「今、まさに今、全くいいことがないからそのハートとかいう能天気な理由は却下!っていうかさ、きみ名前は? もしかして家出?」  気になってはいたのだ。この子って随分若い気がする。もしかして、高校生?  店の中で飲んではいなかったと思う。まあ酔っ払っていたから確信はない。でも店の外でぐだぐだして動けなかった私を、偶然見つけて救出してくれたのはどうやら現実のようだけど。  目の前で小首を傾げて私をじっと見つめていた『天使くん』が口を開いた。 「名前は天使でいい。家出じゃない。だから大丈夫だってばおねえさん襲ったりしないし。でもその迫力じゃおねえさんに襲われそう」  あはは、と笑って部屋をきょろきょろと見回した。  そののんびりした言い草に。  私はなんだか力が抜けてしまって、はああと大きな大きなため息をついた。 *  スマホを確認してみれば、龍樹へのメッセージが既読にはなったけれど返信はない。 『会いたい』  っていれただけだったんだけどな。 「ねえ結愛さん。朝昼ごはんつくろっか。どうせ今の今まで寝てたんでしょ。おなかすいた?」 「……いろいろよくわかったね」 「天使くんにもお姉ちゃんがいるので、そういうのよくわかるんだ。お姉ちゃんも酔っ払うとそんな感じになるし」 「空にいるの?」 「よくわかったね。そう、空にいる」  キッチン借りるね、と天使くんは立ち上がった。  食材、何かあったかしら。  私も立ち上がってすすっとキッチンの冷蔵庫の中を確認する。 「ちゃんと自炊してるんだねえ。チーズとハム使うね。そんでごはんは炊けてる? わけないか。冷凍のお米とか。あ、パンでいいや。ある? 卵も」  天使くんの言うままに食材を冷蔵庫から出していく。  ごはんはないけど、パンならあった。  だって、龍樹がパンが好きだったから。 「結愛さん、砂糖もだして」 「ああ、はい」  食パンにハムとチーズをおいて、サンドイッチのように挟んで皿に置いておく。そうして次はボウルに手際よく卵を割って箸で混ぜはじめた。さっくりさっくりと白身を切るように。かちゃかちゃ音をたて砂糖なども一緒に混ぜ、その中に食パンサンドイッチを浸し入れた。箸を使ってひっくり返して両面に卵液をつける。  熱しておいたフライパンにバターを少し溶かす。じゅわっと音がした。卵液に浸した食パンサンドイッチをフライパンにそっとおく。 「蓋ください」 「ああ、はい」 「結愛さんは、金沢に戻らないの?」 「え?」 「お父さんもお母さんもいて、妹もいて、彼に振られたらもう実家に帰ってもいいんじゃない?」  ぐ。  言いたいこと言ってくるなあ。 「仕事あるし無理。じゃあさ、天使くんだって私の狭い家にいるよりもお姉ちゃんのところに帰ればいいんじゃないの?」 「お姉ちゃんは」  天使くんはじゅわじゅわと焼けていた食パンサンドイッチをひっくり返す。そしてボウルに残っていた卵液をまわしかけた。 「お姉ちゃんは空に帰ったから無理。だって天使の家は空でしょ?」   * 「いただきまーす。……おいし」  食べなくても香ばしいにおいでおいしいってわかる感じだったっけど。作ってくれたフレンチトースト風のサンドイッチはあったかくて、チーズがパンの間でじゅわわと溶けている。  おいしい、としか言えないくらいおいしい。 「天使くんはよくごはんつくるの?」 「お姉ちゃんに食べさせてたから」 「そっか。すっごくおいしい。ありがとう」  やっぱり人に食べてもらうのって上達の早道なのかなあ。  お泊まりの朝は龍樹にごはんを作っていたけど、私の料理の腕があまり上達していないのは何故だろう。それにくらべて天使くんはすごいな。感心しながらサンドイッチを半分こしてふたりで食べていると。  龍樹から突然連絡がきた。  通知音は何件もやってきた。 『昨日はごめん』 『今から結愛の家にいくから』 『待ってて』  え?  連続して送られてきたメッセージに私は混乱する。  そして天使くんを見た。  もそもそとパンを食べている。 「どしたの? 結愛さん」 「彼が。龍樹が、くるって」  天使くんについて。  何一つやましいことはなくて、むしろごはんも作ってくれたし昨日は送ってくれたし感謝しかないんだけど。  今から龍樹がくるのに天使くんがいたらまずいような気もする。  ……でも。  ──ふたりだけで顔を合わせて、何を話すの?  頭に突然冷静な私が降臨した。  ──怒鳴り合ったりするのを抑制するために天使くんがいてもいいのかしら。  ……でも。ふたりで話すこと、今さらあるの? 昨日、既読がつかなくて、美紀がそちらへ遊びに行って、今さら既読になってここにくるって言われて。  ……話すこと、あるの? 別れ話? ああ。そうか、そうだ。別れ話か。  龍樹がここにくる一番もっともな理由に思い当たって妙に納得してしまう。  のっそりとパンを食べつつける天使くんをみて、正解を探す。 * 「ごちそうさまでした」  天使くんは自分でつくった食事に自分で手を合わせて、ごはんの時間を締めくくった。  私も一緒に手を合わせて「ごちそうさまでした。ありがとね」と口にした。 「それで結愛さん、僕は帰ったほうがいいの?」 「ああ、うううん、どうしたらいいと思う?」  常識で考えたら。  ここで天使くんがいたらまずいってよくわかる。  でもさ、それって私だけが責められることなの? 「ピンポーン」  チャイムが鳴った。  結構はやかったな。  天使くんと目を合わせる。なんとなくお互いにどうする?なんて声にならない声を出したような気もする。  何よ、いつもいつも会いたがったりしないくせに。  ……こんなときははやくこれるんだ。 * 「それで何? 泊まってたってこと? こいつ、おまえの浮気相手? にしては若すぎないか?」  何を考えているのか、玄関に出て行ったのは天使くんだった。  私があっと声をあげる間もなく、さっと立ち上がって。 「昨日お店の前でぐずぐずしてたから。送ったんです。お迎えがこなくって酔い潰れてたから」  私が微妙な顔で龍樹の写ったインターホンを見つめていたのがきっとおかしかったのだろう。天使くんが私のかわりに私のことを話してくれたのだ。   その天使くんに向かって、龍樹の言葉が『浮気相手?』とか。  どの口が言っているのか。  美紀の嬉しそうな顔を思い出してムカムカしてくる。  唇を噛んでいる私の顔を天使くんがちらりと覗き込んできた。 「おにいさん、あなたと一緒にしないでください。泊まってなんかいません。ああでも」  龍樹が何か言いたげに手を広げたり握ったりしていた。天使くんは腕を組んで龍樹を見ている。 「あなたは浮気相手を選んだようだし。僕がこれからここに住む予定です」 「「はああああ?」」  これは私と龍樹の声。思わず同時に出てしまった。 「おまえ何言ってんの? こいつと別れたなんて言ってねーし」 「でも昨日、美紀さんっていう浮気相手の家に行ってたんですよね? 既読もつけずに。あなたはやることやってんのに結愛さんには許さないなんておかしいでしょ? 責められるべきはどっちなのか。しかも僕、送り届けて家に帰ったし。今日は結愛さんから預かったものを返しにきただけだし」 「それはっ……ていうかなんで美紀のこと知ってんの」  天使くんの言葉を黙って聞いてはいたけれど、龍樹のその言葉で私は大声がでてしまう。 「あのねっ! なんで美紀のことってそれはこっちのセリフ! 美紀は私の後輩! 会社の子なの。……ねえ、飲み会とかで知り合ったの?」  龍樹が目を大きくひらいた。  初めて知った、という顔。  私は息を吸った。 「それはさ、もういいよ。私も忙しかったから龍樹のことちょっと放ってた。龍樹に本当は一緒に実家に行って欲しいとか言いたかったけど言えなかった。だから私のこともう飽きちゃってたのも仕方ないかなとか、諦めもあった。でもさ」  もう一回、息を吸う。今度は大きく吸って、全部吐き出す。  今までためてきたものを全部一緒に出し切るように。 「でも、美紀が会社の名前とか出したでしょ? 出したと思う。でもそのとき、私のことちょっとでも思い出さなかったんだよね? 気づきもしなかったんだよね?」  龍樹の目が泳いだ。  天使くんが私をじっと見つめている。気づいた。でも止まらない。 「だから、もう、いい」 「なんだよ! 飲み会はよくて、でも気づかれないのが嫌だから別れるとか変だろ?」  龍樹が言い縋ってくる。どうしたいんだろう。  ああそうか。『どっちも自分からは捨てたくない』そういうことか。 隠しながらどちらとも。続けられたらいいとか。 「でも龍樹は、気づかれなかったら隠せると思ってたんでしょ? 私にも、美紀にも。浮気相手がどっちかなんて本当のところは誰にもわかんないんだから」  言っていて私は鼻がつーんとしてきた。  なんだよう。今、泣くなんてかっこ悪いのに。  私のばか。  私の涙に少し戸惑ったように龍樹は口をもごもごさせた。 「いいだろ? 美紀とはちゃんと切れてくるから」  猫なで声になるのがすごくやだ。私はペットじゃない。 「おにいさん、ちょっと自分勝手すぎる」  ずっと黙っていた天使くんの声で私は目の縁の涙をぐいっと拭った。 「大体。結愛さんのつくったごはん、ちゃんとありがとって言ってましたか? いただきますとかごちそうさまとか。ちゃんと言ってましたか?」 「は? 何言ってんの? もちろん言って……」 「……言ってくれてないよ、私がなにを作ったって」 「やっぱり」  どうして天使くんはそんなことがわかるんだろう。  私が苦しかったこと。なんとなく我慢してたこと。  龍樹に言えなかったこと。 「結愛さんの冷蔵庫、ものすごくキレイにしてあるし、なんでもすぐに作れるように食材もそろってる。この手紙、読んでみてよ」 「……」  天使くんがどこかで見たことのある封筒を龍樹に渡していた。 * 『──ごはんをおいしく食べてくれる人と一緒になってほしいと思っています。もちろんありがとう、いただきます、ごちそうさまの言える優しい人と。だから結愛がそれを我慢しているのなら、一度こちらへ一緒にきてみませんか? 誰にでもせめて少しでも気の使える人ならいいと思うのですけど──』  私のお母さんからの手紙を何故か天使くんが持っていて。  ずっと見せられずにいた文面を龍樹にさらりと見せてしまった。  見せてしまったことはなかったことにはできない。  こうなった以上、どんな反応をしてくれるのか、それだけだ。  私は龍樹をじいっと見ていた。 「──あのさ、こんなん見せられてもこまる。おまえの実家になんかいけるかよ」  ああ。  やっぱりね。  こんな反応がかえってくると思ってた。  だから、見せられなかった。 * 「晴れてめでたく振られたわけで。僕、ここに住むね」 「振られてない。だめだよ。高校生の家出少年なんか置いてたら私が社会的にしぬ」 「高校生じゃなくて大学三回生だし。二十歳こえてるし家出もしてない。おいしいごはんつくるよ?」 「う」 「お姉ちゃんがさ、ふたりで暮らしてたんだけど結婚したから。ちょっと僕の行き場がなくなって。お兄さんになる人がいい人過ぎて一緒に暮らしてくれるって言うんだけど。ほら。新婚さんだよ? いやだよね?」 「まあ、いや、だわね」  我が意を得たりとばかりに天使くんはニコリと笑った。 「だから僕と住んでくれる人を探してて。僕といると絶対いいことあるでしょ? 浮気男を撃退してやったし」  撃退って。 「あ、さっきの手紙」 「昨日、住所教えてっていったらこれ見せてくれたんじゃん。持って帰っちゃったからお届けにきたんだけど。そうしたら僕の出番だったってこと」 「──お姉さん、空に帰ったんじゃなかったの?」 「え? 新婚旅行の飛行機に乗ってるよ」  ああそうですか。  でもかえって心配かけちゃうと思うんだけど。  私が姉だったら、見知らぬ女との同居なんて反対だわ。 「大丈夫だよ。お姉ちゃんにも結愛さんのハートの片割れが見えるはずだから。それにおいしいごはん、毎日つくるよ?」   *  結局。  おいしいごはんにつられて。  一緒に暮らし始めている私たち。  恋人でもなく知り合いでもなく。  友達、というのが一番合っている。  ときどきは。  いただきます、とか。ごちそうさま、とか。  目が合うとドキドキしたりもするんだけど。 「ねえ、天使くん。ハートが見えるってどういうこと?」 「天とかいてソラって言ったでしょ? 結愛さん、ソラくんって呼んでよ。ハートが見えてるのは、結愛さんの頭の上」 「え?」 「僕のハートの片割れの形のハートが見えてるんだよ? 僕、本当に天使なんだからね」  パチッとウインクしてくるソラくんに、またドキドキしたような気がする。  ──もういいや。嘘でも冗談でも本当でも本気でも。  私のハートとやらを大事にしておけばいい。  毎日の。  いただきますとかごちそうさまとか。  ありがとうとか。  そんな言葉と同じように。 了
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