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 とある冬の夜。ここは北海道のとある山中。雪深い雑木林にに1車線の道路がある。その道路は雑木林の中を蛇行しながら貫いている。その先には峠があり、その先にはさらに険しいつづら折りが続いている。ここを通る車はほとんどいない。この道路は、本当に存在価値があるんだろうかと思うぐらいだ。だが、それは集落と集落をつなぐ重要な道路であって、それはまるで生命線のようだ。そういう意味では、この道路にも存在価値があるようだ。  その先には幾部(いくっぺ)という集落があり、そこには宗谷本線の駅がある。幾部は比較的大きな集落だが、人口はすでに100人を切っており、過疎化が激しい。住民はみんな高齢者ばかりで、この集落がなくなるのも時間の問題だ。中心にある幾部駅は利用者が少ない。だが、幾部駅も信号場への降格が話題になる事はない。幾部の集落はこの駅がなかったら交通が不便になる事から、駅として残されている状況だ。だが、それもいつまで残っているかが問題だ。その高齢者が全員いなくなり、幾部が消滅集落になると、その駅は信号場に降格になってしまうだろう。そして、幾部という名前は信号場だけのものになってしまうだろう。  雑木林の中の道路を、1人の男が歩いている。男は下を向いて、道路をとぼとぼと歩いている。その男は服がボロボロで、元気がなさそうだ。今にも死にそうだ。かろうじて生きている状況だ。  その男の名は、山中勇人(やまなかゆうと)。札幌に住む会社員だ。勇人は北海道の小さな農村で生まれ育った。子供の頃はとても平和だった。みんなに可愛がられ、小学校では友達ができた。ところが、中学校でいじめに遭い、心に深い傷を負ってしまった。誰もそのいじめを止めてくれずに、苦しい日々を送った。その中で、自殺をしようとしたこともある。だが、みんなの説得で何とか自殺をせずに済んだ。そんな勇人は成績が良く、誰からも将来が有望だと言われてきた。高校は札幌の有名な私立高校に進学し、そこでトップクラスの成績を残した。そして、勇人は東京の大学に進学した。だが、慣れない東京での1人暮らしの中で、成績が思った以上に伸びず、勉強についていけなくなった。そして、勇人は落第した。4年間を何とか過ごせたものの、落第した勇人はしっかりとした職業に就けなかった。挙句の果てに、故郷に帰ってそこで暮らすようにと言われた。いつまでも親のすねをかじって生きていてるようではだめだという両親の考えからだ。だが、勇人はなかなか受け入れなかった。またいじめグループにやられるからだ。案の定、勇人は彼らにまたいじめられた。それでも勇人はうまくいかずに、結局北海道に帰る事になった。そこでも就職活動はうまくいかず、実家の農作業を手伝うばかりで生きていた。そんな勇人は、いじめられる生活に耐えられずに、山奥で死のうと思った。そして、ここを歩いていた。 「もう、生きられない・・・」  その先には、町の明かりが見える。勇人はその明かりを見て、東京で過ごした日々を思い出した。俺は東京で絶望を知った。だけど、東京にいた頃は一番輝いていたな。できれば東京で就職したかった。だが、そこは俺には厳しかった。だけど、ここで豊かさを手に入れたかった。だが、自分は落第して、気が付いたら俺だけ取り残された。そんな俺に居場所なんてなかった。どうしてこんな道を歩んでしまったんだろうと思った。その苦しさを、酒でごまかそうとしても、そんなお金の余裕なんてない。どうすればいいのか、全くわからなかった。 「うっ・・・、うっ・・・」  勇人は泣きながら道路を歩いていた。だが、道路には誰も歩いていないし、車も通らない。車が通ったら、誰かがやってくるはずなのに。ここは人通りが少ない。だからここで死ねばいいと思った。  しばらく歩いていると、湖が見えてきた。敏幌(ピンホロ)湖だ。山中の雑木林の中にあり、この辺りには人気が全くない。その事から、秘境の湖と言われる事もある。だが、実際にここを訪れる人は全くと言っていいほど少ない。それほど知名度が低いのだ。だが、その静けさが相まって、物好きな人がたまに来るのも事実だ。  勇人は湖を見ていた。ここなら誰にも気づかれずに死ねるだろう。そして、やっと苦しみから解放される。俺は生まれ変わるんだ。そして、幸せな家庭に生まれ、幸せな日々を送るんだ。最愛の人と結婚し、子供を作って、たくさんの孫にも恵まれて、悔いなく次の人生を全うするんだ。もう迷いはない。早く湖の中に飛び込み、死のう。  この時期の敏幌湖の水はとても冷たい。しばらく浸かっていたら、低体温症を起こして、死んでしまうだろう。それは、誰にもわかる事だ。だからこそ、ここで死のうと思った。  勇人は目を閉じて、これまでの人生を振り返っていた。思えば山あり谷ありの人生だった。だが、谷から山へ登る事ができなかった。一度落ちてしまい、そこから這い上がれなかった。どうすれば這い上がれるんだろうと模索する日々だった。だが、結局見つからなかった。  勇人は湖に飛び込み、そのまま沈んでいった。勇人が再び上がってくることはなかった。だが、勇人の死体が見つかる事はなかったという。  後日、勇人の両親が捜索願を出した。だが、勇人の部屋から遺書が見つかった。それには、日々の苦しみがつづられていたという。両親はそれを読み、涙をしたという。今まで愛情をこめて育ててきた勇人が、こんな事で亡くなるなんて。信じられないと思ったが、本当の事だ。  近隣住民は必死で捜索した。近隣の集落、山林、そして敏幌湖も。だが結局、勇人の遺体は見つからなかった。そして、遺体のないまま通夜、葬儀が行われた。誰もが突然の別れを悲しんだという。
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