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前向きになれたから。もう一度、頑張ろうと思った。
「最後のチャンス、お願いします」
翌日、頭を下げると、ユメちゃんは肩をすくめながらも笑顔を見せてくれた。
「自信を持つには、昨日の自分よりもかわいくなることですわ」
さすが恋する乙女。エンジェルスマイルの愛らしさにとろけそう。
「光希さんの魅力を引き出す金星のパワーをもらいましょ」
淡いピンクのリップを貸してくれた。
服も一緒に選んでもらって、しまい込んでたワンピースを引っ張り出して。だから結構自信満々で。
絶対いけると思った。
昨日と同じシチュエーションで、路地でカイトくんを待ち受けて。さあ行くぞ。電信柱から離れて、一歩を踏み出す。続いて、二歩目――は踏み出せなかった。
カイトくんを目の前にしたら。またしても私は堂々巡りを繰り返してしまった。え、声かけちゃっていいの? 迷惑だよね? ただの、私の自己満足じゃ?
すれ違うカイトくんを、追いかけることもできず、唇を噛んだ。
ユメちゃんも、雷も。せっかく励ましてくれたのに。ダメだな、私。ここまでしてもらってさすがにこれじゃ、呆れられちゃうよね。穴があったら入りたい。やめとけばよかった。後悔ばかりが押し寄せる。
「光希」
呼ばれても顔を上げられなかった。ふわりと、自分がふかふかの布にくるまれたのが信じられなかった。
雷のグルグルたっぷりドレープは、羽毛のように柔らかい。
「よく頑張った」
ハグに加えて、頭ポンポンって。天使、どんだけやさしいの。涙出ちゃうじゃないか。
「そんなの。ぜんぜん、私、ダメだったのに」
「ちゃんと踏み出せたじゃん。昨日は固まって動けなかったのに。今日は動けた」
「たったの一歩だよ」
「大きな一歩だよ。ゼロから一は、すごい成果」
雷のハグは、天使の翼にすっぽり包まれてるみたい。ただただ、私のすべてにあったかい。
「次は一歩よりもっと、進める」
涙が溢れて止まらないよ。
「もうよろしいでしょ?」
感動の時間は、ユメちゃんにばりっとひきはがされてしまった。
「行きますわよ、雷」
「あ、あのね」
慌てて、翼をはばたかせた雷の腕を引く。
「私ね。帰るのやめた。あと一年だけ、頑張ってみる。仕事辞めたから、時間はあるから。マンガ描く。一年やりきってダメなら、帰る」
「いい笑顔」
そう? 笑って言えたんだ、私。
「雷のおかげ。ありがとう。ホント、年下なのに包容力あるよね」
「いやたぶん、オレのが長生きしてるけど」
え。
雷の顔が寄ってくる。唇が私の耳たぶに触れそうに囁くから、心臓口からぶっ飛んでくかと思った。
「・・・百四十・・・?」
ぽかんと、空高く舞い上がった翼が見えなくなっても、立ち尽くしてしまった。
百四十歳は、聞かなかったことにしよう。
部屋に戻って、久しぶりに鉛筆を握ってみると、ヤバイ。描いてなかったから絵が猛烈ヘタクソになってる。
天使な二人を描きたかったけど。まだムリだな。数々の名シーンは、記憶にしっかりとどめておこう。
雷にもらった天詩を、クリアファイルにはさんで部屋の壁に貼った。お守り。
「がんばろ」
とりあえず、絵の練習から。
地球の外に無限大に広がる星空の下で、豆粒よりも小さな私の、小さな小さな。でも一歩。
終
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