星が降るのは君のため

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   桜色のほっぺが愛らしく膨らんでいる。つつきたいけど、怒られるだろうなぁ。 「おうちにいましょうって申し上げましたのに。大体、こんなの天使の仕事じゃないでしょう。雷が言うから、やりますけれど」  ご機嫌ナナメに舞い上がる。すごいなホント天使だわ~。飛ぶときは翼、出てくるんだ。交代で、ライブ会場の周辺を見回っていた雷が降りてきて、翼をグルグルのドレープの中にたたんでしまった。 「心の準備、できた?」  一応してるつもりだけど、いざとなると肯く動きもカクカクしてしまう。  田舎に帰る前に、やり残したことがあるとすれば。カイトくんに会ってお礼を言いたかった。  もう五年も経つけれど。転職の面談に遅れそうで焦って電車に飛び乗ろうとした私は。まさに乗車のその瞬間に蹴つまずいてバランスを崩し、ホーム側に傾いてしまった。目の前で、車両の自動扉は閉まり始めていた。そのとき、扉そばから手を差しのべて私の腕をつかみ、車両の中に引きずり込んでくれたのが、デビュー間もないカイトくんだった。何度も頭を下げてお礼を伝えたあとの、「いいえ」と返された笑顔のなんと爽やかなこと。  その後、プロモーション動画で彼を見つけたときは驚いて。おかげで無事転職も果たしていたのでできる限りの推し活をした。生活に追われるうちに摩耗していく日々の、たった一つの心のオアシスだったと言っていい。 「勉学に、集中したい、って。本当に、若いのにえらいよね。引退前に、今までありがとうって、言いたかったけど。直接会って言う、ってことは、こっちがカイトくんを見るだけじゃなくて、カイトくんからも私を見られるってことじゃない? とてもそんな勇気はなくて」  ライブも後ろから見てた。遠くから応援できてたらよかったんだ。今までも、CDを何枚買っても握手とかサインとかには並んだことない。最後だから勇気を振り絞ろうかと考えたけど。決心がつかないままグズグズしてたら、引退ライブのチケットとりそびれちゃった。  昨日、そんな話をしたら、よし行こう、と雷に思い切り背中を叩かれた。 「見つけましたわよ」  ユメちゃんが空から教えてくれる。最寄り駅から会場の裏口へ向かっているらしい。ここからなら、進行方向へ回り込める。細い路地に走りこんで、電信柱に身を寄せた。 「来た」  言われるまでもない。カイトくんだ。帽子被ってサングラスしてても、爽やかな笑顔が見える気がする。 「光希さん、行ってらっしゃいよ」 「うん」  わかってるんだけど。足が動かない。いきなり声かけて、迷惑じゃないかな。引かれるんじゃないのかな。勢いで飛び出して、なんかヘンなこと口走ったら。どうしよう、心臓、暴れてヤバイ。 「光希」  あ。目をつぶっている間に、カイトくんは行き過ぎてしまった。
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