白タク

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 修司(しゅうじ)は焦っていた。今、修司がいるのは廻間(はざま)駅。山間にある駅だ。ここからは私鉄が分岐しているが、とても物静かだ。それもそのはず、すでに私鉄の終電は過ぎている。それだけではない。ここを発着するJRの路線も終電を過ぎている。明日は休みだからいいけど、早く八王子の自宅に戻らないと。辺りは寒い。野宿でもしたら風邪をひくだろう。 「どうしよう・・・。もう終電出ちゃったからな」  修司は辺りを見渡した。廻間駅の周りの店や民家は、みんな閉まっていて、暗くなっている。ただ、廻間駅の光だけが、修司を照らしている。  修司は夜、新宿の思い出横丁で飲んでいた。明日は休みという事で、今日はここで飲んで八王子の自宅に戻ろうとした。だが、寝過ごしてしまい、鉄道員に起こされたのはその電車の終点の廻間駅だった。以前からここは絶望の終着駅と言われている。なぜならば、ここは山間の駅で、廻間行きの最終電車で寝過ごすと、この山間の駅で野宿をするか、タクシーで帰る羽目になるからだ。 「困ったな。帰れないよ」  修司は身を震わせた。ここは山間の町だ。とても寒い。ここで野宿をするのは嫌だ。 「寒いな。ここで野宿するのはちょっと・・・」  修司は歩きだした。この近くにコンビニがあれば、そこで夜をやり過ごす事ができるのに。だが、歩いても歩いてもコンビニが見つからない。修司は焦っていた。 「うーん・・・」  結局、修司は廻間駅に戻ってきた。廻間駅の明かりはすでに消えており、駅には誰もいない。やっぱりここで野宿するしかないんだろうか? 修司は野宿を覚悟していた。  と、修司は駅前であるものを見つけた。タクシーだ。まさか、山間の廻間駅にタクシーがあるとは。 「あれっ、タクシー」  修司はタクシーをよく見た。すると、空車になっている。修司はほっとした。これで八王子まで帰ればいいだろう。 「空車になってる。よかったよかった」  だが、修司は気づいていなかった。そのタクシーはナンバープレートの白い偽物のタクシー、通称白タクだと。それを知らずに、修司は窓を叩いて、運転手を呼んだ。運転手は寝ていたようだが、ノックで目を覚ました。 「すいません、八王子の自宅までお願いします。京王の八王子駅まで行けばそこからの道のりを教えますので」 「はい、どうぞ」  後ろのスライドドアが自動で開いた。修司は笑みを浮かべた。これで八王子に帰れる。 「ありがとうございます」  タクシーは走り出した。運転手は修司が気になった。少し酔っているような表情だ。もしかして、飲んで寝過ごしたのかな? 「終電で乗り過ごしたんですか?」 「はい。どうしようと思いまして、これで家に帰る事にしました」  やっぱりそうだ。運転手は少し笑みを浮かべた。だが、運転手はどこか不気味な笑い方だ。何かを企んでいるようだ。だが、修司にはそれに全く気付いていない。 「たまにそういう客に出くわするんですよね」  どうやら、寝過ごしてここで取り残された人は、修司だけではないようだ。もっといるようだ。 「そうなんだ・・・。僕だけじゃなかったんですね」 「そんな事言っちゃダメ! もっと気をつけなくっちゃ」  運転手は強い口調だ。寝過ごしたらダメ! 家族が心配するでしょうが。寝過ごさないように気をつけないと。 「そう、ですね・・・」 「まぁ、飲んだ後は気をつけないと」  運転手はこんな酔った客に出くわする事がよくある。彼らは酔って、何をしでかすかわからない。運転手はそんな客には気を配っていた。 「うんうん」  やがてタクシーは峠に差し掛かった。この先には長いトンネルがあり、多くの車はそこを通っている。今は深夜で、通る車は少ない。日中は多くの車が行きかっているのに、とても静かだ。  だが、車はそのトンネルを通らず、左にあるかつての峠道を進み始めた。修司は違和感を覚えた。早く帰りたいのに、どうしてあのトンネルに入らないんだろう。明らかにそっちのほうが近道なのに。 「あれっ、この峠を越えるんですか?」 「はい。どうしてですか?」  運転手はそれが普通だというような表情だ。明らかにおかしい。修司は少し焦っていた。 「あの先にトンネルがあって、そこを通ればまっすぐなんですけど」  だが、運転手は何も言わない。今さっきはフレンドリーに話していたのに、どうしてそんなに黙っているんだろう。そして、怖い表情になったんだろう。 「ねぇ運転手さん」  修司は車窓を見ていた。トンネルが徐々に遠ざかっていく、その先は民家すらない。真っ暗だ。こんな所を深夜に走るなんて。とても信じられなかった。だけど、これが八王子まで行くための最短ルートなんだろうか? 「どうしてこんな所を通るんだろう」  路は次第につづら折りになってきた。目の前はほとんど見えないのに、運転手はいとも簡単に通っていく。まるでこの道に慣れているようだ。 「すごいカーブだな」  ふと、修司は思った。トンネルができる前はこんな道を通っていたのか。とても大変だっただろうな。峠を越えるまでに何時間かかったんだろう。 「昔はこんな所を通ってたのか」 「すごい所でしょ?」  運転手は笑みを浮かべた。その笑顔は不気味だ。修司はその不気味な笑顔に初めて気づいた。この運転手さん、普通じゃないなと。だが、乗ったからには目的地まで乗せてもらわないと。 「はい。でも、あのトンネルじゃないと」 「そんな道もいいでしょ」  運転手はまるで運転を楽しんでいるかのようだ。こんなの、タクシーではありえないようなんだけど、それでタクシーのお金がかさんでしまう。こんなの、ぼったくりじゃないか? 「でも・・・。早く帰りたいんですよ」 「まぁまぁ」  修司は焦っていた。早く帰りたいのに。あのトンネルを使ったほうが明らかに近道なのに、どうしてここを使わないんだろう。 「どうして?」  だが、運転手は答えようとしない。まるで運転を楽しんでいるかのように、不気味な笑みを浮かべている。  やがて、きついカーブに差し掛かった。タクシーは猛スピードで走っていく。とても怖い。まるで外に飛ばされそうになった。 「うわっ・・・」  修司はほっとした。どうやら何も事故がなかったようだ。 「危ないなー」  だが、その先にまた急カーブがある。その先には何もない。その先は谷底のようだ。修司はびくびくしていた。 「えっ!?」  修司は浮いた感覚になった。タクシーはガードレールを突き破って、谷底に転落した。 「キャー!」  2人を乗せたタクシーは谷底に落ちていく。そして、タクシーはめちゃくちゃになった。2人は血まみれになり、即死したように思えた。  だが、運転手は何事もなかったかのように立ち上がった。タクシーは何事もなかったかのように無傷だ。運転手は修司の死体を見つめている。そして、笑みを浮かべている。 「フフフ・・・」  運転手は修司の遺体を林に投げ捨て、タクシーを走らせて、去っていった。  かつてここを走っていた人が谷底に転落して死んだという。それ以来この辺りには男の運転する白タクが現れ、乗客が現れるのを待っているという。その白タクに乗った人は、みんな谷底に転落して、死ぬという。
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