取り次ぎ先

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取り次ぎ先

 大きくも小さくもない、どちらかというとブラック寄りのとある会社で事務職をしていた時の話。  取引先から電話がかかってきて、担当の部署に取り次ごうと内線をかけたんです。当時勤めてたこの会社では部署ごとに社内の内線番号が振り分けてあって、保留中に番号を押すと内線に切り替わり、そのまま内線先へと取り次げるシステムでした。  その日電話をかけてきたのはここ最近頻繁にやり取りをしている得意先の会社で、私は慣れた手つきで担当部署の内線番号を押しました。 『はい、こちら地下二階です』  数コールの後、無機質な……合成音声っていうんですか、読み上げソフトを使ったみたいな抑揚のない男性の声が応答しました。聞き慣れた声でないことと、かけた先が目当ての階層でなかったことに私は動揺してしまいました。 「すみません、間違えました。失礼しました」  向こうが次の言葉を発する前に慌てて一度切りました。取り次ぎ作業が半ばルーティン化しつつあったため、ボタンを押す際に手元をよく見ていなかったかもしれません。  改めて内線番号を確認しながらかけ直し、無事に担当部署へと引き継ぎを終えてひと息ついた時。ふと気づいてしまったんです。  あの会社、地上六階建てのビルで、んですよね。あの時、私がかけてしまった地下二階はどこにあるんでしょうか……。そして、もし気づかずに取引先と連絡を次いでしまったら、どうなっていたのでしょう。考えただけで恐ろしくなったので、誰にも相談しないまま会社は辞めてしまいました。  幸いすぐに次の就職先も見つけられ、今は別の会社で事務以外の仕事をしていますが、電話の取り次ぎは未だに緊張します。また存在しない階層に繋がってしまったら、と思うと……。  元勤務先と懇意の取引先が今どうなったか、ですか? さあ……人間関係も絶ってしまったし――そもそも当時はコロナ禍で飲み会も開けずにいたせいで親密な仲の人はいませんでしたから――、そもそも業種も全く違うのであの会社の噂は耳にしないんですよね。聞きたくもないですけど。世の中には知らない方がいいこともあるんですよ、きっと。
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