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人形遊び
生まれた時から、私はお母様の人形でした。
お母様は幼い頃から人形遊びが大好きで、年齢を重ねても遊ぶことを止めませんでした。結婚して子供――それも女の子を欲しがったのも、彼女の趣味が理由でしょう。あの人は自分の子供を、好き勝手に着飾れる自分だけのおもちゃだと認識していたのです。その調子だから、お父様はお母様の元から逃げてしまったのでしょう。
待望の女の子、つまり私が産まれてお母様は大層喜んだと聞きます。そうして私の、お母様の奴隷としての人生が幕を開けました。
髪型も服装も行動も全て、お母様が決めた通りにさせられました。髪は黒く長く、結んでも短く切ってもいけない。身に纏う洋服はフリルのシャツとスカート以外は許されず。更には変な影響を受けるからと友達を作ることも禁じられ、日焼けしてはいけないので外での運動、体育も禁止。太ってはいけないから一日の食事も最低限だけ。間食なんてもっての外。私は家という檻の中に閉じ込められた籠の中の鳥でした。
それでも小学生の頃に一度だけ、反抗を試みたことがあります。ズボンを履いてみたいと伝えるとお母様は激怒しました。お母様の目を盗んでこっそりと履いてみたけれどすぐに見つかり、大泣きされてしまいました。それ以来、私はお母様に逆らうことを止めました。全てが無駄だと悟ったのです。私は自分の意思で声を上げることを止めてしまいました。
お母様の意に沿わないことをしてはいけない。それが生きる上での鉄則でした。だって、人形は持ち主に逆らわないのですから。
進学する学校も所属する部活動も、全てお母様が決めました。そこに私の意思など一つも介在しません。お母様が決めた人生の上を、何も言わずに進むしかないのです。
友達の一人もいないまま指定された高校に入学すると、華道部に所属させられました。全く興味はありませんでしたが、お母様が決めたことなので仕方ありません。そこで私は、運命の出会いを果たしました。
プリザーブドフラワー。生花を専用の薬液に浸し、長期保存する手法。花を飾るにはこういったやり方もある、と顧問の先生が見せてくれたそれに、私はすっかり魅入られたのです。
すぐに作り方を教わりました。幸いにも素人でも市販品を代用して作れるとのことで、早速学校帰りに薬局で材料を購入しました。流石に母に訝しがられましたが、部活動で使うと素直に答えると簡単に引き下がってくれたので安堵しました。プリザーブドフラワーは母の理想の人形のイメージからかけ離れていなかったようです。
その晩、私は母の食事にこっそりと毒を盛りました。母は醜くもがき苦しんだ後、呆気なく息絶えました。私を縛りつけてきた元凶が死んでも、何の感傷も湧いてはきませんでした。きっと、私の心はずっと前から壊れてしまっていたのでしょう。或いは人形らしく、心なんて最初から持っていなかったのかもしれません。
私は母の亡骸を自宅の浴槽に押し込め、水分を抜くための消毒用エタノールを並々と注いでその中に浸しました。脱水が終われば今度はグリセリンを入れて保湿させます。それも済めば、乾燥させて完成です。
加工が完成すれば、母は生きることも死ぬことも永劫にないでしょう。そう、まるで人形のように。私は母に顔を寄せて囁きました。
「良かったね、これで憧れのお人形さんになれるよ」
人形遊びがそんなに好きならば、自分が人形になってしまえばいい。大好きな人形になれるのであれば、母もきっと本望でしょう。今度は母が私の人形になる番です。
完成の時を夢見て、私は静かに微笑みました。
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