11.人との別れは、その人との対話の扉を閉じること

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 ひっそりとした夜中の病院は、闇に包まれているような静けさで鬱とした雰囲気を隠せない。  母親の病室の周りだけ、少しざわついていて、何人かの看護師が小さな音を立てて病室を出たり入ったりしていた。  あのナースが履いている独特のシューズは、緊急時に足音が響かないようにゴム底の造りになっているのだろうか? と余分な事を考える。  駐車場から全速力で走ったせいで、息が切れていた。  病室の前で数秒間、息を整えてからそっと扉を開け、中に入った。  律子と千里が、母のベッドのすぐ側の椅子に座っている。千里は既に、真っ赤な瞳をしていて、紘人の姿を見て更に瞳を潤ませる。 「紘人……」  千里の小さな呟きに、律子も振り返って表情を僅かに動かす。  真っ直ぐにベッドに歩み寄り、母親の顔を覗き込む、だがどうやら意識が曖昧な様子で、紘人は点滴の跡がたくさん付いた痣だらけの手の甲にそっと触れてみた。 「母さん」  微かに震え、反応を見せた母親の手を、ゆっくりと撫で、「母さん」ともう一度、呼び掛けた。 (あ……)  弱々しいけれど、ほんの少し握り返してくる。紘人が来たことを、認識したようだった。  胸が詰まる思いがした。痩せて、こんなに細くなって。 「紘人、ちょっと」  気が付くと、背後に隼人が立っていた。  一番疲れ切った顔をしているのは、この隼人のように見える。目の下の隈が濃く、そしていつもは皴無く決められたスーツもくたびれた感じだ。  病室の外へ一旦出て、ベンチの並ぶ一角で二人は足を止めた。  隼人は、瞳を細めて紘人の背を軽く押し、ベンチへと促した。言われるがままにそこへ腰を下ろす。 「さっき、父さんにも知らせようと家の方電話したんだけど、出ないんだよ、紘人、お前連絡取れるか?」 「……」 「おい、紘人?」 「ごめん」  紘人は堅い声を出した。 「えっ? どうした」 「父さん、会社にも行ってなくて。旅に出てるらしいんだ。ずっと連絡してるけど、電話に出ない」 「……は?」 「六日前かな、工房の職員さんから聞いて」 「どこ行ったんだよ」 「全然分からない」  隼人は呆然とした表情をこちらに向けた。 「そうは言うけど、会社だって繁忙期だろう、忙しい筈じゃ……」  はっとしたように紘人の横顔を窺う。 「……もしかしてお前が疲れてるのって、父さんの代わりをやってるからなのか?」  紘人はそっと頷く。 「会社の話は今はいいとして。俺がもっと早く、父さんに母さんの病状を伝えていれば、こんな事にはならなかった。俺が、父さんから逃げてたせいで……―――ごめん、隼人」  背中に、隼人の手が添えられた。 「馬鹿だな、それこそ、今話さなくてもいい話だよ。とりあえず、何度か電話かけてくれ、その内出るかも知れない」  逢いたがっていた、と千里が言っていた。もしかしたら……別れても、どこかで母の気持ちは、父に繋がっていたのかも知れない。  離別して一度も会わないまま、この世を去らなくてはならないなんて。  紘人のせいで、母の願いを潰してしまうのは心苦しかった。 「頼むから出てくれ、父さん……」  もはや懇願するしかなかった。  紘人は充電が少なくなったスマートフォンを拝むようにして、何度も発信ボタンを押し続けた。

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