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 さて、タロスが師匠のゼオンに小言を言われたのは、とある金持ちの家の仕事を仕上げたあとだった。そこは、かつてゼオンが出入りしていた家だった。 「おお、これはすばらしい」  と家人たちがほめたたえたタロスの円に対し、ゼオンは、 「ふん」  と鼻を鳴らして、目をそむけた。  そして、その家から引きあげるときに言ったのである。 「タロス、お前はもうそれ以上うまくなってはいかん」  タロスは反発した。師匠はおれの腕をねたんでいるのだ、と思った。おれこそが本物の円を描くのだ。しょせん師匠の円はニセモノではないのか。  タロスは口ごたえし、やがてふたりは喧嘩(けんか)を始めた。  そしてついにゼオンは、タロスの右手の甲を、円を描く木の枝で、串刺(くしざ)しにしてしまったのである。  ゼオンは市民に取り押さえられ、刑吏(けいり)に引きわたされた。  獄中(ごくちゅう)で、ゼオンは食事を拒否し、じきに衰弱(すいじゃく)して死んだ。
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