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 タロスの右手の傷が()えるのに、半年かかった。傷が()えても、右手は動かなかった。木の枝もヘラも、(にぎ)ることができない。タロスは円師の仕事を失った。  彼は毎晩酒を飲み、(あば)れた。  妻はふたりの子供をつれて、家を出ていった。 「右手が動かないくらい、なんだい。あんたには、まだ左手があるじゃないか」  妻が家を出ていくときの()台詞(ぜりふ)がそれだった。  もちろん、タロスは左手で円を描いてはみたのである。だが、よちよち歩きの子供の描いた円のほうが、まだましというほどの出来だった。  タロスはさらに酒に(おぼ)れた。家財をすべて金に換えて酒を飲み、ついには家も土地も手放した。物乞(ものご)いとなって生き、恵んでもらった金で酒を飲んだ。のんだくれて意識を失った。  タロスは夢を見た。  師匠のゼオンが、今度はタロスの左手を串刺(くしざ)しにしようとしていた。  刺される直前に、タロスは飛び起きた。そこは礼拝堂の一室だった。 「さあ、召し上がりなさい」  礼拝堂の老いた聖女が、一杯の(かゆ)を恵んでくれた。  タロスはそれを左手で受け取った。  そのときになって、ようやく自覚した。自分にはもうこの左手しか残っていないのだ、と。  たったひとつの財産である左手で、タロスは再び円を描き始めた。礼拝堂の下働きをしながら、動きの悪い左手を、必死に動かして描いた。  三年、四年と努力するうちに、再び円師の仕事が入るようになった。  円師の仕事で食っていけるようになったのは、それからさらに三年後のことだ。  だが、金のことはタロスにはどうでもよかった。タロスが生きている意味はただひとつ。もっとうまくなりたい。もっとうまくならねばならぬ。うまくなって、真の円をこの手で描くのだ。  タロスは、ほとんど悪鬼(あっき)形相(ぎょうそう)で描き続けた。
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