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ソラ・ぬくもり
ボクが地上で生を受けたのはネコという動物だった。野良猫の母さんが空き家の軒下で産んだのがボクと兄さん姉さん合わせて五匹のネコだった。
母さんはサビネコ、父さんはミケネコで、兄さん姉さんたちは父さん似のミケネコで、ボクだけ母さん似のサビネコだった。
活発で好奇心のカタマリみたいな兄さんや姉さんたちと比べてボクは臆病で警戒心が強く、行動範囲も狭かった。母さんが吐き戻したご飯も、残り物にありつけるかどうかの毎日で、なかなか体は大きくなっていかなかった。
じっと視界に入るだけの世界を観察する毎日。
雨は冷たくてコンクリートは硬くて痛い。
ブルブルと震える体は一向に収まらなくて小さく小さく丸まっていたらいつの間にか眠っていて、ようやく目が覚めたときにはボクの周りには兄さんたちも姉さんたちも母さんも誰もいなくなっていた。
風が吹いて草木が音を立て、雨水が激しく地面に突き刺さる。
怖い――この世は恐いものばかりで溢れている。家族以外みんな敵。でもそばには誰もいない。
ボクを襲う孤独は絶望の沼でしかなかった。べっとり足に纏わり付いて前にも後ろにも進めない。
飢えにも幾度となく襲われた。だんだんと命の音が弱くなっていくことに、さすがのボクも気がつく。もう、ここまでかな、と人生を愁いた瞬間に小さく声が出た。
「ミィ……」
するとガサガサと音がして、何者かが近づいてくる音と気配がした。
しまった――声を出すと自分の居場所を教えてしまうから、何があっても声を出してはダメよ――そう母さんからしつこく言われていたのに、声を出してしまった。
やっぱり母さんの言う通りだった。
やっぱりボクはダメなネコだった。
兄さん姉さんたちのようにちゃんと成長して、立派なネコになる見込みがないからきっと置いていかれたんだ。
ほら、もう逃げる力すら残っていない。こんなんじゃみんなの足手まといになる。
ジャリッ……、ジャリッ……。
もう、すぐそこまで来てる――……。
厳しく生きていく術を教えてくれた母さん。優しく舐めてくれて、温かくて抱きしめてくれた大好きな母さんと兄さん姉さんたち、みんなとももう一度だけ会いたかった。
遠のく意識の中で空を仰ぐ。見上げた空から大きな手が降ってきた。でも何だか怖くなくて、温かくて、ホッとして目を閉じた。
それがボクの窮地を救ってくれた大好きな人間の手だった。
――サノ タカヤ。
初めて人の温もりを知った。優しく撫でてくれる人の手が大好きだと思った。
ボクはタカヤに出会えて幸せだった。
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