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佐野貴也・再会
店の奥は事務室だ。近くの動物病院を紹介してもらった時にも座らせてもらったパイプ椅子が目に留まる。そこには座らずに隣の席に腰掛けた。
「……――そうですか。ソラちゃん、部屋を抜け出して行方不明に……」
「――はい……。うっかり窓を開けたまま出掛けてしまって……。探しても探しても見つからなくて」
もうずいぶんと前の事なのに、言葉として表面化するとあの時の感情がグルグルとがんじがらめにして重くのしかかる。
「じ、自分が情けなくて……、良くしていただいたのに申し訳なくて。俺がもっとしっかりしていれば、もっとソラを幸せにできたはずなのに……」
寒さに震えていないだろうか、怖い思いしていないだろうか、お腹を空かせているんじゃないだろうか。湧いくるのは不安しなくて胸がジクジク痛んだ。でも俺は人間だから。小さな子ネコのソラに比べればこれぽっちも痛くない。
バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった店員さんにびっくりして顔を上げた。
「どうして直ぐに相談してくれなかったんですか!? そしたら人集めて一緒に探したのに! 」
穏やかな雰囲気が癒やし系の店員さんがものすごい剣幕で食ってかかってきた。その大きな瞳にたっぷりと涙を溜めて。
「ソラちゃんは怖がりな子だから、地域ネコちゃんの縄張りもあるし、きっと遠くには行ってなかったはずです。それに誰か保護してくれてるかもしれないし、SNSで配信だってできるし、ビラだって配るお手伝いくらいできるし、それから、それから……」
「――ありがとう、ございます。……でも、もういいんです。もう、半年以上も前のことだから」
失ってしまったものは、もう元には戻せない。
興奮していた店員さんのはっと息を呑む音が聞こえた。
ああ、こんな情けない姿、人前で露呈させたくなくてやっとの思いで蓋をしていたというのに。
ぼたぼたとこぼれ落ちる涙は、ペットショップの事務室のテーブルに小さな水たまりを作っていった。
「――泣かないで」
「――え?」
正面からではなく、少し遠くで声が聞こえた気がした。
でも、顔を上げ目が合うのは店員さんしかいない。
「こんなことで慰めになるか分かりませんが、ソラちゃんの母親と兄姉は保護団体の方が保護されて里親へ譲渡されてたそうです」
差し出されたティッシュで涙を拭う。
「――え?」
「ソラちゃんは罠に掛からなくて保護されてなかったみたいなんです。知り合いの保護団体の人が教えてくれたんです」
ようやく引きかけた涙が再び目頭から熱さを伴ってあふれ出てくる。
「そうですか……。ソラは、親に捨てられたワケじゃなかった……。そっか……よかった、よかったです。教えてくれてありがとうございます」
次は涙だけじゃなく鼻水まで出てきて俺の顔面は大洪水だ。
ずびびと鼻をかむと、クスッと笑う店員さんに再び羞恥心が顔を出す。
「佐野さんて、愛情深い人なんですね」
「い、いえ、その」
「――タカヤのそういうところ、好き」
「えっ」
まただ。
俺が目を丸くすると、店員さんは頬を赤らめてはにかんだ。
「わ、私なに言ってんだろ、あは。でも……、もっと、周囲を頼っていいんですよ。一人で全部抱え込まなくっていいんです。誰だって誰かを頼って誰かに頼られて、支え合って生きていますから」
「誰かを頼る」
ああそうか、頼っていいんだ。
ガチガチだった肩がストンと落ちて腕の力が抜けた。
「俺が愛情深い人間かどうかは正直ピント来ないし分かりません。でも、ソラには俺しかいないから力が湧いたのは間違いなくて、なんというか、必要とされてることが嬉しくて、満たされてた。同時に俺もソラが必要だったんですよね」
真っ直ぐ見つめる先の、目に涙を溜める頷く店員さんの輪郭が二重に見えて目を細める。
「――ボクはタカヤが大好き」
鼻先をふわりとしたものがくすぐって、あの手紙を見つけたときの普通じゃない心臓の鳴りかたとか、透き通ってきたような声が聞こえる感覚とか、目の前にいる店員さんの雰囲気が変わる瞬間とか、顔に触れる羽のような、ソラの尻尾のような感触とか匂いが、徐々に確信へと変えていく。
ソラだ。今目の前にソラがいる。
「――だから、泣かないで」
ああ、ソラは不甲斐ない俺にそれを伝えたくてここへ来てくれたんだ。
『サノタカヤさま。その節は、消えそうな命の灯火に再び炎を灯してくれたこと本当に感謝しています。この溢れる気持ちをどうしても伝えたくて、ここまで来ました。神様にも誓えます。ボクはあなたのことを心から愛しています――……』
この手紙もやっぱりソラからの手紙だった。だったら俺も、今、ちゃんとソラへ気持ちを伝えなければいけない。いつまでも心配かけてばかりもいられないから。
「俺も大好きだよ。心から愛していたと神に誓える」
つ、と、店員さんの涙が頬に線を描くと、一瞬だけ猫耳をつけた可愛らしい天使の姿が見えた。
そうか、ソラは天使になったのか。
「会いに来てくれてありがとう、ソラ」
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