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世の中は不思議に満ちている。学生時代の友人がそんなことを言っていた。そして、僕を指差して「お前は見抜く側だと思うけど」と笑った。中二病かよと笑ったあの頃が今はとても懐かしい。世の中知らない方が良いこともある。どうせ話半分にしか聞かないのだろうから、まぁいいか。
先に言っておく。生きるのは考え過ぎないことが大切だ。気にしないことも大事だ。どちらもできないなら受け入れるしかない。それが人生の歩み方だ。じゃあ、僕の体験した不思議な話を始めよう。小説ネタにでもしたければするといい。
僕は違和感に気付くことが多い、言い換えれば神経質な男だ。良いことはミスが少ないこと。悪いことは細かすぎると陰口を叩くやつがいること。それ以外はいたって普通。高卒で社会に出て、それなりに理不尽を感じながら楽しみ方も覚えて生きている。
会社にヘンなやつがいたんだ。どこがと聞かれると正直困る。表現があっているかはわからないがAIが実体化したらこんな感じなんじゃないかっていう人間を演じているような違和感? スキンシップなのか人の肩によく手を置いていた。それが妙に気になる。
「今日ねー、……あれ、何話そうとしたんだっけ? 忘れちゃった」
周りでそういう言葉をよく聴くようになった。そして、気付いたんだ。直前にアイツが接触していることに。しばらくして決定的なことを見てしまった。
僕は渋滞に巻き込まれて出社が遅れた。入口にアイツがいてくるっとフロアを見渡すようにしたのが見えた瞬間、ぐにゃっと捩じれた。人も、物も、空間も。僕が恐怖で立ち竦む前で何もなかったように戻ったけど……デスクがひとつ消えていた。そう、アイツのだ。それを誰も気にしていない。直接聞こうとしてアイツの名前が浮かばないことに僕はパニックになった。
そう、アイツという言い方をするのは思い出せない部分が多すぎるからなんだ。じゃあ、なんで話せているかって? 僕は追いかけたんだ。屋上に向かったのを見ていたから。アイツはすぐに僕がその怪しい術にかかっていないことに気付いたようだった。
「槻人さん、どうしたんです?」
アイツは何食わぬ顔で声をかけてくる。僕はそれが心底怖かった。思わず叫んでいた。
「お前、誰だよ!? 見ていたんだぞ! フロアからお前の机が消えた。でも、誰も気付いていない! むしろ誰も覚えていない! 絶対人間じゃないだろ⁉ お前、何なんだよ!?」
アイツは仮面を脱ぎ捨てた。美しくて、優しそうで、冷たい顔。そして、大きな翼が背中から広がった。白……確かに地色は白って言っていい。でも、違うんだ。あんな色、人間界にない。すべての色が現れて消えるような異質な白。僕は震えながらも目が離せなかった。
「天、使?」
そう問いかけた僕に天使は淡々と頷いた。それだけで魅力のようなものが濃密に漂うのを感じる。
「人間は、そう呼びますね」
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