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朝の空気が冷たくなり始めた日曜日の朝。
庭に面したリビングのカーテンを開けると窓がうっすらと結露していた。
カーテンが濡れる前に結露を拭いておこうとクロスを手にしたとき、ふと窓の下の方に目がいった。
不思議に思って、しゃがんでみてみると縦長の引っ掻いたような跡がうっすらとある。
その瞬間、ありし日のルルが脳内で自動再生されて、目がさっと熱くなった。
――これって、きっと……。
「……おはよう」
「!」
しゃがんでいる私の背中が柔らかな衝撃に包まれた。夫が私を驚かそうとしてそぉ〜っと近づいてきていたことに全く気づいていなかった。
「おはよう」
「どうしたの?」
「うん。これなんだけど……」
窓枠から私の膝高ぐらいのところにある跡を夫に伝える。
「……ルルかな」
「……やっぱりそう思う?」
ルルとは私たちが飼っていた犬で彼女はよくこの窓を前足でカリカリして尻尾を振っていた。栗色の毛にくりっとした黒目のミニチュアダックスフンドで、夫のおばぁちゃんから亡くなる前、私たちに託された愛犬。
「この場所、好きだったからね」
しみじみと目を細めてその跡を指先で少しだけ触れる夫の姿に、残しておきたいって思った。
「このままにしておこうか。拭いたらもう見られないと思うし」
「うーん、そうだなぁ……」
考えるように言いながら、夫が指で何かを描き始めたから、私はしばらく隣でそれを静かに眺める。
夫が指先で線を描いてできたもの。
「何に見える?」
「……天使みたい」
前足でルルが作った跡を指先で広げ、最後に翼を付け足すと横を向いてお腹の辺りがふくふくとした天使のようなシルエットになった。
「さすが、美術の先生は違うね」
2人でルルを思って、しみじみとその天使を見た。でも、それはすぐに消えてしまった。
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