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時は流れ、瑠璃が高校生になった今。その場所には、ベッドがある。
夫が癌だと分かった時には、もう手遅れだと言われた。「残り少ない日々を家で過ごしたい」と、本人たっての希望だった。
「ルルの気持ちも瑠璃の気持ちも、分かるよ」
「ん?」
私は介護休暇をとり、なるべく最期の時を一緒に過ごしたいと思った。ベッドのそばで洗濯物をたたみながら2人で過ごす穏やかな午後。
声を聞くために、ベッドに寝ている夫に体を寄せる。
「ここだと、帰ってきたのがすぐ見えるからね」
私は視線の高さが同じになるように姿勢を調整した。
「そうねぇ」
この場所は、我が家の門扉から人が入ってくる様子が見える。ルルも瑠璃も、夫や私の帰りを待っていたのだ。そして今は夫も……。
なんだか泣きたくなってきた。
「サプライズ……失敗したなぁ」
夫がぼそりとつぶやいた。
「サプライズ? なんのこと?」
じわりと景色が滲んだ瞳は、夫に気づかれないように視線を外した。
「クリスマス。付き合って3年目の。優里、靴下買わなかったでしょ。買ってってオレ言ったのに――」
そこまで話すと息が少し苦しいみたいで、ひと呼吸おいて「忘れちゃった?」と問われた。
「忘れてないよ。ごめんね、純くん。でも大丈夫、成功してる」
――覚えてる。
大学3年のクリスマスイブ前日、ほぼ同棲状態だった私たちは近くのイオンへ買い物に行った。
たまたま大きな靴下が売っていて、夫に「これ買いなよ」と言われ、私は「いらない」と即答した。珍しく「買った方が良いって」と何度も言われた。結局、私はサンタさんが夜中にプレゼントをそっと入れてくれる大きな靴下袋を買わなかった。
なぜなら、すでにプレゼントは一緒に選んで購入していたから。それをクリスマスイブに交換するという手はずが整っていた。
そしてイブに予定通りプレゼントを交換した。
なのにクリスマスの朝、枕元に私が前から欲しいと言っていた物が置いてあった時の衝撃。
「驚きすぎて息が止まるかと思ったくらい。だからね、めちゃくちゃ成功してる」
夫がふんわりと笑顔になった。
「あるからね、サプライズ。成功するといいんだけれど……」
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