あなたと出会った日

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あなたと出会った日

 グラウンドの上でピストルが鳴る。  地面に敷かれた白線と、0コンマ1秒のストップウォッチ。  時刻はAM11時。  その針の下で、ほんのわずかな静寂が訪れる。  スタートダッシュを切るタイミング。  地平線へと続く、12秒フラットの境界線。  焦りだした1つの心が、白線の上で静止できない。  2007年6月の陸上選手権大会。  あの日。  あの夏の季節からだった。  かつて私の背中にあったはずの翼を、この心に取り戻すことができずにいた。  視線のおぼつかないカメラワークが、いつも、明日の世界を探してた。  キミは、あの日公園のベンチに座る私の後ろで、尻尾を曲げたまま動かない。  日はすっかり暮れてた。  夜の向こうに見えた満天の月明かり。  まるで、すべての時間を止めるレースの直前の合図のように、    「これからどうすればいい?」  って、虚ろな瞳で。  目を覚ませば、いつもと変わらずに朝が来る。  瞬きもできないほどに進んだ時間の端で、地面に足を着けたまま動かないのは、きっと、明日に託したいものが、今日という1日の中にあったから。  キミになにを言えばよかったかな?  白い吐息が漏れるほどに冷えきった街の公園。  草むらの中を掻き分けて、破れかけの段ボールの中にいるキミの体を掴む。  キミは少し怯えながら、歌を歌うわけでもなく。  翼の折れたその体を拾い上げて、これからどこに行く?って、私は尋ねた。  「キュゥ…」と声を挙げるキミを連れて、どこかへ——  きっといつか、空の向こうに行こう。  壊れた足を持ち上げて、そう呟いた。  わからなかったんだ。  まだ、その時は。  キミが、私の知らない世界へと、連れていってくれることを。
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