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執行者
こんにちは、山本さん。
ご気分はいかがですか?
今日は残念ながら雨だけど、この部屋は雨音がしないからいいですね。
いや僕、雨音ってきらいなんですよ。ずっと聴いてると、なんか気分が暗くなってきません?
やっぱり雨音を聴き続けるより、鳥のさえずりとかを聴いているほうが気分って晴れますよね。
ところで僕、最近ちょっと転職を考えてるんですよ。
あ、べつにこの仕事がいやってわけじゃないんですよ?
仕事として安定しているし、多くのひとを救う仕事だから、やりがいもある。
実は僕、この職場では天使、なんて言われたりしてるんですよ。同僚は、僕が来ると、天界からの使いが来た、とか言って。ひどくないですか?
あ、話が脱線してしまってすみません。
とにかくほら、犯罪を犯したひとが世間に野放しにされたら、安心して生活できないでしょう?
罪を犯したら、罰を受けるのが規則です。
つまり僕の仕事は、罪を犯したひとに罰を与えるのが仕事というわけなんですが……。
あ、拷問とかじゃないですよ。ここ、日本ですし。
でもね、極刑ってあるでしょ。かなりヤバい罪を犯したひとに与えられる罰。
そのやりかたが僕は個人的にきらいで。
具体的に言うとね、こう、見た目が同じボタンがいくつか並んでるんですけど、それを押すんです。
ポチッと。
そうしたらね、罰を受けるひとの足元がパカッと開くんですよ。
そうしたらどうなると思います?
そのひと、落ちちゃいますよね?
それが、落ちないんですよ。
そのひとの首には太い縄が繋がれていて、その縄は天井に繋がっているんです。
つまりね、ボタンが押されたらそのひとは首吊り状態になって窒息してしまうんです。
残酷でしょう?
まぁ、そうされるだけのことをしたわけだし、僕も余計な感情は抱かず、割り切ってやるべきなんだとは思うんですけどね。
同僚たちはみんな、涼しい顔でボタンを押しているし。
僕も見習わなきゃと思うんですけどね。
でも、執行の日が近づいてくると、どうしても思っちゃうんです。
だれか風邪にかかって休んでくれないかなって。
なんでかって?
そりゃもちろん、だれかひとりでも休めば、執行が延期になるからですよ。
ボタンを押す係は僕を含めて三人いるんですけどね、そのうちだれかひとりでも休めば、執行は延期になるんです。
だからね、つい願っちゃうんですよ。
僕の気持ち、分かるでしょう?
だって、どんなひとであれ、目の前でひとが死ぬのって気分良くないし。
ここだけの話なんですけどね、首吊りってかなり苦しいみたいなんですよ。
執行された瞬間からかなりの時間もがき続けるし、その間、顔色はどんどんむらさきになっていくしで……。
あぁ、ダメだ。
やっぱり僕にはこの仕事は向いていないんだな。思い出したら気持ち悪くなってきちゃった。
いや、すみません。もうこの話はやめましょう。
ちょうど部屋の準備が整ったみたいですしね。
さて、それじゃ執行室のほうへ移動しましょうか。
あ、そういえば僕、いつも最後に聞くんですけどね。
山本さん。
天使が来た今の気分はどうですか?
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