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一度集中してしまえば、始業の9時からお昼の12時までの3時間はあっという間で、三葉との他愛もない話と、変わらない業務をこなしていくことで昨日の出来事も薄れていった。
お昼に買い足したココアに手を伸ばすと、すっかり冷めきっていて、ふと時計に目をやると定時の時刻に短針が来ていて急に目が覚めたかのように自分の置かれた現実を思い出す。
昨日までは、定時と同時にシャットダウンして足早に帰って家事をしていた。
帰宅後すぐにお米を研いで炊飯を押し、待っている間に洗濯物を回して、電車の中で冷蔵庫の中身を思い出しながら検索した時短レシピを何品か作る。
彼は私よりも定時が1時間遅かったから、夕食の支度のあとに洗濯物を部屋干しして、浴槽を洗いお風呂を溜めるところでいつも鍵の開く音がしていた。
開口一番に疲れたと必ず言う彼にお疲れ様と声をかけると、よく頭に手を置いてポンポンとしてくれて。
ぶっきらぼうで文句も多いけれど、これだけは付き合った時も、同棲したあともずっと変わらなくて、大好きだった。
変わらないものが一つでもあると、変わった彼を見ても、心を許しきって、信頼してしまう。
結局、心変わりをされてやっと、その信頼は私の独りよがりだったことに気が付いたのだけれど。
「——紫乃、お疲れ様ね」
「…三葉」
華奢な手が肩を優しくたたく。コートを羽織りマフラーを巻いた三葉の姿を見て、私も帰ろうとようやく立ち上がった。
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