10人が本棚に入れています
本棚に追加
「また明日ね〜」
「お疲れ様、また明日ね」
最寄り駅の改札を入り、それぞれのホームへ向かって帰路を進む。
三葉と楽しく話せたおかげで、余計なことを考えずに駅までは来れた。
けれど、ホームまでの階段を上り電光掲示板で時刻を確認しようとして、持ち上げた視線を力なく足元に落とした。
「……………こっちじゃ、ない」
そう呟いて、ひとまず端へ寄ろうと足を引きずるように移動する。
「……………………」
彼の居ない生活を、受け入れられていないんだ。
そんな心の余裕は、この先も出来る気はしない。
どうして、もう帰れないのだろう。
どうして、もう何も出来ないのだろう。
こんな悲しい想いを、受け入れられず一人で啜り泣く今があるのならば、あの時、彼の前でこの涙を流して縋れば良かったのだろうか。
マスクの中が蒸気と湿りで不快さを増していく。
誰にも見られない涙ほど、無意味で、無価値で、心を痛めつける行為はないのかもしれない。
零れ落ちる後悔を拭う力も無く、無機質なタイルを意味もなく見つめる。
すると視界の端を過ぎ行く人々の足が、不意に一人だけ止まって、つま先がこちらに向いた。
これは、多分、声をかけられる。でも、声を出したらみっともない咽びをあらわにしてしまう。
どうしようと焦って視線を泳がすと、ぶら下げていた手がすくい上げられ、驚きで視線も上がった。
「さ、帰ろっか。紫乃ちゃん」
「…………キキさん…」
最初のコメントを投稿しよう!