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推しがお忍びでやってきた
早朝からバーン家の使用人達が忙しなく働いている。
床は磨いたのか?飾る花の数は足りているか?等、来客に備えてのチェックに余念がない。
「今まで何度も来ているから、いまさら取り繕っても仕方がないのにね。」
呆れ気味にアストリットが呟く。
王太子様がウィルという仮の姿で来ていた事を知らない家令が、張り切って家を飾り立てているからだ。
「王太子様がいらっしゃるのだから、家令として失礼の無いように勤めたいのだろう。今更とか思ってやるな。」
「そうね。お仕事熱心な家令に感謝するわ。」
ご挨拶をするべき父は、ここ数年はカントリーハウスで過ごしている。
「もう王都は懲り懲りだ、国王にはもう充分に働かされたからな。」
と言う不敬な言葉を仰って、ここ数年は領地から出ない暮らしをしている。
母は若い頃の父の苦労を知ってか、父の側で穏やかに暮らせる事を楽しんでいるし、1番上の兄は王城に泊まり込んで帰ってこない。
なので、このタウンハウスに王太子様がやってきても、ご挨拶出来るのは私とマーセル兄様だけなのだ。
婚約の事はまだ公になっていないので、王太子様はお忍びとして、バーン公爵家へやって来る。
2階にある見晴らしの良い窓辺から眺めていると、屋敷の前に王家の家紋を隠したお忍び用の馬車が到着した。
馬車の中からは濃紫色のローブを纏った王太子様が降りてきた。頭からすっぽりとフードを被り顔は全く見えない。
慌てて一階の玄関ホールに降りて行くと、丁度王太子様が優雅な所作でローブを脱ぎ去る所だった。
曇り空の隙間から眩い太陽が現れ光が差すように、輝くような麗しいお顔が現れ、眩しさに目が眩むようだった。
「ひ、光が強すぎて最早目に毒。」
「それは気の毒に、主に王太子様の方がな。」
妹の重すぎるリアクションに、改めてどうにかしなくてはと決意を固めるマーセルなのだった。
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