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アヴェルとマーセル
王太子アヴェルとマーセルは、子供の頃からの付き合いだ。
バーン侯爵である父は、同い年のマーセルを王太子の遊び相手として時折、王城に連れて行っていたのだ。
王太子が武術も勉学も器用にこなし、容姿も優れているとあれば、凡庸な俺は必要ないだろうと、マーセルはアヴェルを敬遠していた。
そんなある日、王妃様主催の読書会に放り込まれたマーセルは酷く困惑していた。
アヴェル様の話し相手として招かれた同年代の高位貴族の子息たちが、経済書や詩集などを片手に集まっていたからだ。
9歳のマーセルに経済も詩集も早すぎはしなかったが、如何せん全く興味が無かった。
皆、口々に本の良かった所を述べていく中、不敬だとは知りつつも、
「お、お腹が痛くなりまして。退室させていただきます。」
そう言って席を立った。
実際、このまま居たら本当にお腹が痛くなりそうだったので、マーセルは脱落することを選んだのだ。
読書会を抜け出したマーセルは、王城の中庭で父を待つことにした。
中庭は人目が多くて安全だし、噴水や庭もあるので退屈しなかったからだ。
噴水の水飛沫の動きを見ていたり、花壇に迷い込んできたを虫を追っかけたりする方が読書会より何倍も楽しかった。
春の花壇は色とりどりの花が咲き乱れ、大小様々な蝶々が飛び交っている。
蝶を捕らえて、手の内で見ることはできないかとマーセルは先ほどから掴みかかるように蝶へ手を伸ばしていた。
「それでは、いつになっても捕まらないよ。」
同年代の子ども声が、ひどく落ち着いた口調で話しかけてくる。
振り返ってみるとアヴェル様で、お供も付けずに1人立っていた。
「沢山お話をして少し疲れたからね。ちょっと休みたいと我儘を言って出てきたんだ。」
疲れてもいないのに中庭で休んでいたもっと我儘な奴は僕です、と顔に書いてあるようなマーセルは返す言葉もなかった。
「君はバーン公爵の息子、マーセルだったよね。あまり話をする姿を見た事が無いように思うのだけど、君は会話が好きではないの?」
言われてみれば、アヴェル様以外の貴族子息とも話すことがあまり無かったと思い返す。
「そんなことはありません。ただ、皆はアヴェル様とお話をする為に来ているので、僕がお引き止めしてはいけないと思って。」
「蝶を捕まえるのは会話より楽しいの?」
「い、いえ、決してそんなことはございません!」
「無理しなくても良いよ。僕だってそう思うから。そうだ!明日もこの時間にここに来てくれるかな?公爵には僕の方からマーセルを連れてきて欲しいと伝えておくから。あと、もしあれば虫を取る網とカゴの用意もしてね。」
「???」
「ふふっ、楽しみだな!」
マーセルがアヴェルにロックオンされた瞬間である。
次の日、アヴェルは昆虫図鑑を片手にマーセルを待っていた。
「これは勉強だからね。生物の学習さ。」
王太子付きの側近に「庭からは出ないから、そこで待っていて。」
と言い残し、マーセルの腕を掴んで庭の奥の方まで進んでいく。
「はぁー、ようやく撒けたよ。君は多分、口が硬い方だよね。僕の自由時間作りに、これからも協力してくれない? あ、虫を捕まえたいのは僕も同じだよ。仲間が欲しいと思ってたんだよね。ふふふっ、ちょうど良いよね。僕たち趣味が合いそうだし。」
急に饒舌になったアヴェルに慄きながらも、心がフワフワとしてくるマーセルなのだった。
「こういうアヴェル様って悪くないよな。人間味あるっていうか‥。仲間って言われた‥。」
呟きながら、アヴェルの横顔を見る。
今まで見た中で、1番キラキラした笑顔だなと思った。
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