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ある日、何気なくタバコをポイ捨てした若者が、その瞬間、ぱっと姿を消してしまった。
繁華街での出来事であり、周囲には多くの人間がいた。だから、その瞬間を誰もが見ていた。
そして上空にあった天使の姿も。
天使は言った。
「ものを道端に捨てること。それは悪と言えるでしょう。我々は、神様からこの世の悪を裁くよう、使命を与えられました。重罪人はすでに全員処理しましたが、まだまだ、人間の中には悪人がいるようです。みなさん、善き行いを」
悪質なクレーマーが、いじめっ子が、怠惰な者が、粗暴の悪い者が、その行いを見せた瞬間、消えはじめた。
天使に「悪」とみなされたのだ。まるで雑草が抜かれるかのように、平和な世界から消えていく。
世界が平和になったと喜んでいた人々は、徐々に天使を恐れはじめた。一体何が「悪」に判定されるのか、わからない。
ちょっとした嘘を吐いただけで、消えた者もいた。怒鳴っただけで消えた者もいた。
「こんなの、神や天使こそ悪じゃないか」
もちろん、そんなことを口にした者、考えた者も消えてしまった。
全てが裁かれる。
裁かれることなく世界に残り続けたのは、純粋な赤ん坊や、子供達だけだった。
けれども彼らは、全てが悪とみなされた人間達、つまり大人達がいなくては生けていけなかった。
果てに、世界から人間が消えてしまった。
残されたのは人類が築いた文明の証とも言える建築物や、それを覆うとする植物、生息地を広げようとする動物達。
そして幼くして亡くなった子供達の骨だったが。
「こんなに幼くして死んでしまうなんて、親不孝ですね。なんと悪いことでしょう」
天使が彼らの骨を消してしまった。
世界は完全な平和を手にした。
悪がいなくなった世界では、また悪が蔓延ることがないか、天使が空を飛び見回りをしている。
【終】
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