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◇
「せんせ」
「ん、」
車の扉を開けた音で、せんせいの目がゆっくりと開いた。
すこし眠そうにあくびをした先生は腕を上にあげてぐっと伸ばす。よく見ると先生の目は赤いし、あくびをしたせいでほんのちょっも涙が溜まっている。私が先生を待たせている間に、どうやら眠っていたらしい。
「寝てました?」
「あー、いや、うん……」
まだ意識がぼんやりとしているのか、目をこすりながら「うん」なんて言葉を発する先生はこの上なくかわいい。思わず顔がにやけてしまう。胸がぎゅうって締め付けられたみたいだ。
「……なに、その顔」
「あ、目覚めました?」
「桜井がニヤニヤしてるから、覚めた」
なんだそれ。意味わからない。
「……せんせい、お腹空いてますか?」
とりあえず本題に移ろうとしたけれど、なんとなく遠回りな言い方になってしまった。
ここ1週間、私は毎日おかあさんと料理の特訓をした。1人で作っていた時よりずっと上達は早かったし、やっぱりお母さんの味付けはとても美味しい。
そんなわけで、私は昨日先生に「明日どうですか」とLINEしたわけだ。
思いの外数学の課外が長引いてしまって、今日は珍しく私の方が先生よりも遅かったせいで、こうして待たせてしまったんだけれど。
「すいてるっちゃすいてるけど。何、そんなにお腹空いたの」
「いや、そうじゃなくて、あの」
「いーよ、何食べたい? ほら、早く乗れ」
「あの、先生」
「ん?」
「……先生の家、行きたい、です」
翔くん先生が元々大きな目をさらに丸くして私を見た。「なに言ってんだコイツ」って言わんばかり。
私だって、こんな言い方をするつもりなんてなかったんだけれど。何度も夜、布団の中でシミュレーションしたはずなのに、全くもって意味を成していなかったみたい。
「いや、べ、別に変なイミじゃなくてっ! その、えっと」
あわてふためく私を見て、目を丸くしていた先生の目元がゆるりと緩んだ。同時に、先生の大きくて骨ばった手が、私の頭に落ちてくる。
「なに、なんかあったの」
ぽんぽんと、まるで小さい子供をあやすみたいに優しい言葉を吐く先生。
なんかあったの、って。チガウ、そうじゃなくて。私は先生に、いつものお礼をしたいだけなんだ。伝えられるかわからないほどの、大きなこの気持ちも。
「あのね、先生」
「うん?」
「いつも、私先生に奢ってもらったり、連れて行ってもらったりするばかりでしょ? ……だから、たまには、お礼がしたくて」
「なんだそれ、そんなのいいって言ってんのに」
ふはっ、と先生が笑う。国宝級のイケメンの笑顔に慣れてしまった自分が怖い。いちいちドキドキはするけれど。
「だめなの! ……ねえ、だからね、先生。わたし、料理……練習したんだ」
だから、食べてくれる? って。不安そうなわたしの声に先生はまた優しく笑った。しょーがねえなって、わたしの頭を撫でて。
その手が泣きたくなるくらいあったかくて優しいこと、わたしの鼓動を早めること、先生は知っているかな。
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