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一面にススキが揺れていた。夜空には三日月が輝いていた。
丑三つ時。
ススキの根元で大きな尻尾の狐が歩いていた。時折ススキの合間から尻尾が見え隠れする。
時々立ち止まっては空を見上げる。ススキの穂を枠とした星空が見える。
「この辺だと思ったんだけど」
狐が呟く。
「もう少しこっちだったかな……いやあっちかな……やっぱりこっちかな」
夜空を見上げてはウロウロと歩く。
やがて
「やあ」
と空から声がした。
狐はパッと顔を上げて、声の主を探す。
すると、上空からフクロウが飛んできた。
「一月振りです。覚えていてくれたんですね」
「勿論ですとも!」狐が駆け寄った。
一月前、まだ夏の暑さの名残があったころ、
この場所で狐はフクロウに出会った。
狐はその年に巣立ちしてまもなく、まだ餌の鼠が上手く捕れなかった。
その夜も腹を空かしてススキの野原にやってきた。ススキはやっと花を付けたばかりだった。
そこで狐はフクロウに出会った。
木の枝から地面へ迷いなく降り、そこで確実に地面の鼠を捉えていた。夜だと言うのにまるで見えているかのようだった。
狐は思わず
「あの、凄いですね、どのように捕まえたのですか」
とフクロウに駆け寄って尋ねた。
突然のことにフクロウは驚いた様子だったが、やがて
「ああ、あなたは」
と応えた。
フクロウと狐とは言葉が通じない筈である。だがこのときばかりは分かり合えた。
感慨深そうに狐の顔を眺めたあと、フクロウは話し始めた。
「そうですね、どこからお話したものか。まず、私は生きている鳥ではありません。そして捉えている鼠も生きていません。私は地上で死んだ小動物の霊を捉える役割があるのです。この鼠も、自分が死んでいるとは思わずにいたものなので、こうして捉えて死後の世界へ連れて行くのです」
狐は呆然と聴いていた。死後の世界ってなんだろう。どんなところなんだろう。
「あなたもこのままでは私が捉えなくてはならなくなります。もっともあなたは少し大きいので、別の係が迎えに来るかもしれませんが」
「では、あなたは食べられる鼠を捉えたわけではないのですね……」
落胆した狐は、余計に腹が減った気持ちがした。
しばらくフクロウが眺めた末、
「わかりました。実はあなたとは浅からぬ御縁があるのです。私にも生前の狩りの技術が残っています。特別にお教えしましょう」
狐はパッと顔を輝かせた。
「ただし、一月お待ち下さい。なんとかそれまでは生き延びて下さい」
フクロウはそう言い残して去っていった。
「いいですか、私たちは目だけで鼠を探しているわけではないのです。肝心なのは、耳です」
狐は耳を動かした。
「恐らくあなたは鼠の出す音を両耳で聞こうとしているのではないでしょうか。そうでなく、片耳ずつ交互に聞いてご覧なさい。ホラ、あちらの草の根元に鼠がいます」
狐はそっと近付いて、片耳ずつ聞こうとした。右耳を傾けて、左耳を傾けると、右耳の方が大きく聞こえるような気がした。
「方向がわかったら、ジャンプしてその場所に着地なさい。歩いて近付くと、鼠に勘付かれてしまいます」
狐は右耳が捉えた場所にジャンプした。すると、脚先に鼠を捉えた。夢中で喰らいつき、ネズミを貪った。一月の間、虫やトカゲなどを食べていたので久し振りだ。
一息ついて、狐はフクロウに礼を言った。
「ありがとうございます。お陰で鼠を食べられました。これで捉え方も分かりました」
フクロウも満足そうな様子だった。
「ですが、お願いしたとは言え、なんでこんなに良くしていただいたのでしょうか」
暫しの無言の後、フクロウが話し始めた。
「実はわたしはあなたのお父様に御恩があるのです。今年の梅雨時に、私の巣を襲おうとした蛇を、あなたのお父様が捕らえてくださったのです」
狐にとって初耳だった。
「その蛇に噛まれたことでわたくしは死んだのですが、妻と子供たちは無事でした。今年の夏に無事皆巣立ちました。
私は死後、この役目を仰せつかったのですが、あなたを見つけてお父様への御恩返しをしようと決心しました。あなたをお助けしたのはそのためです」
狐は言葉が出なかった。父がそんなことをしていたなんて。最早会うことも叶わないだろうが、狐にできることはただ一つ。
「私は、あなたに報いねばなりません。ですが、あなたが既にこの世にないとすれば、最早あなたには何もできない。せめて、私は鼠を捕り、仔をなし、無事に皆を一人前にできるようになりましょう。そのためには、あなたから教わった、この鼠捕りを上達させます」
それから幾年か経ち、ススキの野原の鼠はめっきり少なくなった。
ある若い狐が狩りをしているところを、フクロウの霊が見つけ、話しかけた。
「鼠を捕るのが上手いてますね」
若い狐は驚きながらも応えた。
「母が鼠を捕るのが上手かったのです。教えてくれたお陰で私たち子供たちも捕ることが得意となりました。なんでも恩ある方より教わったとかで、その方に報いるためにも私たちは皆一人前にならなければならないと言われて育ちました」
あの狐だろう。
細い目をしてフクロウは頷いた。
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