Ⅴ-1 夏の屋敷

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Ⅴ-1 夏の屋敷

Ⅴ-1 夏の屋敷  僕は庭園を走った。夜露がドレスの裾を濡らした。月は眼球のように、僕にまとわりついてくる。  ケイトにキスされた時、僕の意識は紅茶に落とされた砂糖みたいに溶けた。流されていくみたいで怖かった。あと先も考えず、逃げ出してしまった。  領主様としてあずまやから戻ってきたケイトは、僕のことはジュンから全て聞いたって言ってた。でもその全てって、どこまで。  もし領主様が僕の正体は男だと知っていたのだとしたら、あのキスをどう受け取ったらいいんだろう。  領主様にとったら、冗談のつもりかもしれない。公衆の面前で僕とキスすることで、花嫁さがしの舞踏会を嘲笑ったとか……。  いや、あの時のケイトの瞳はそんなんじゃなかった。  きっと僕の正体までは知らされていなかったんだ。そうでなければあんなこと出来ないはずだ。そこまで考えて、僕の足は止まった。 「ケイトは僕じゃなくて、アリスにキスしたんだ」  それはそれで、謎に傷ついている僕がいた。 「アリスさん!」 トピアリーの陰から、黒馬が飛び出してきた。ジュンだ。 「乗って!」  ジュンは駆け抜けざまに僕の身体をさらった。 「後をつけられてます」  疾走する馬の上で、ジュンが短く警告する。 「え?!」 「大丈夫、すぐに撒きます。しっかり捕まって……!」  馬に鋭く鞭が加えられた。振り落とされないようにするのが精いっぱいだった。  ジュンにとっては勝手知ったる庭なのだろう。月明かりのなか馬は迷いなく走り、高く跳んで、垣根を飛び越えた。 **********  いつしか、追手は脱落していった。ジュンの黒い馬だけが静かな街道を走り抜け、やがて古めかしい館の門をくぐった。 「ここは?」 「僕の別荘です。さあ、入って」  馬から降ろされ、屋敷の中へと導かれた。 「夏以外は誰も寄り付きません。とりあえずは、ここに身を隠しましょう」  豪華な調度が並んでいるけれど、どれも白いほこりよけのシーツをかぶっている。 「……されましたか? アリスさん」 「何を?」  部屋の燭台に次々と火を灯しながら、ジュンはいった。
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